歌謡曲探検隊 02 : 朱里エイコ

俺がどうこう言わなくても
既にレコードディガーたちの間では
歌謡曲は今最大のターゲットの1つだ

そうこうしてるうちに、
俺もみるみると片足ほどハマってる訳だけど
(激しくハマってる友人が数名、近くにいる、それと比べればって話 笑)
そんな歌謡曲を、ディガーに怒られない程度に、
俺も困らない程度に、
紹介していこう
。。。というのが #歌謡曲探検隊 です!!

な訳で第2回は
俺自身、歌謡曲を見直す大きなきっかけになったこの人
朱里エイコです

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"リトルダイナマイト"〜The Best Of 朱里エイコ"

この人を知ってる人はどれくらいいるんだろう?
7インチディガーなら
オークション落札価格が現在も高騰中な
"Ah!So"1975年
などが有名だろうし
(今ヤフオクを見たら「即決価格4万円」で出してる奴がいる・・・)
そもそも歌謡曲を掘る人たちの間では
初期のキングレコード時代のもの(1967-69年)
はレアでそもそもが万単位の値をつけているようで
個人的には
"まぼろしの声"1968年
は音もアレンジも良くて曲も面白い、おすすめファンキーな曲
ミスターXとされる男の声の合いの手がまたいい
ま、これは数万だね、中々見つかるものではないようだ

、、、という使えるレア曲を紹介する前に
彼女、朱里エイコのキャリアを皆さんには是非知っておいて欲しい
こんな凄い日本人女性シンガーいたんだ!ということを知っておいて欲しい
という意味でもまずはこのベスト盤CDがいいでしょう
この帯コメントが全てを物語っている
「時代に抱かれなかった歌姫」

いやぁ、ほんとこのCDについてる彼女のキャリアを見て、
「こんなすごいキャリアの人がいたんだ!」
とビックリ仰天目からニジマスでした

そんなトピックをいくつか抜粋して下記に記すと
*1948年生まれ
1964年(まだ16歳だよ!)に単身渡米
ラスベガスを中心に各地で舞台を踏む
*1966年に帰国してからキングレコードでデビュー、シングル8枚リリース
CM曲、アニメ曲などを手がけるもブレイクに至らず、
1969年に再び渡米!
1970年にラスベガスで開かれたショーが大成功
*1972年日本でも活動再開、「北国行きで」が大ヒット
 (→この曲を歌ってる映像はYouTubeでも多数出てきます)
1976年に日本人女性として初めてカーネギーホールに出演!
*彼女のファンになった、ということで楽曲を提供してきた人に、
ポールアンカ、Tower Of Powerなどがいる!

すごいでしょ?
アメリカでの活躍を目論む日本人シンガーは今でも沢山いるけど
坂本九だけじゃないよ
朱里エイコも先駆者の1人なんだよ

そんなキャリアがあるのに
日本では歌謡曲を歌わされて、
足を出して歌う「美脚シンガー」という下世話なイメージをつけられ
80年代からは体調を崩しがちになり
2004年に56歳で亡くなってしまう

少なくとも1970年代当時としては
海外でも活躍出来るシンガーというのは
どう扱って良いのか
日本のレコード会社もテレビ側も分からなかったんだろうね

最後に、素敵な曲を紹介しておこう
そう、Tower Of Powerが彼女に提供した曲です
英語のまま歌ってます
(Linda Lewisも同時期に歌ってるので、そのカバーという説もありますが
朱里エイコバージョンのほうがSOULです!!!)

『I'm Not A Little Girl Anymore ~愛のめざめ』朱里エイコ 1976年
https://youtu.be/qJvhzPIYYDA


Little Dynamiteと呼ばれた人が
「私はもうLittle Girlじゃないわ」と歌う、
全盛期のまさにTower Of Power的なアレンジ
歌に日本人的な感じがわずかにあるけれど
完全に洋楽です
ていうか、そのバランスが
日本人として出来る最良のワールドスタンダード

そう思いませんか?

この曲を聴きながら
「時代に抱かれなかった女」が
サンフランシスコの夕陽をバックに
(行ったこと無いけど 笑)
歌っている姿が目に浮かぶ

そんな午後です






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by jazzmaffia | 2016-06-01 12:41 | 歌謡曲探検隊 | Comments(0)

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