カテゴリ:R.I.P.( 5 )

R.I.P. George Michael

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George Michaelが亡くなったというニュースが
12.26に駆け巡った
享年53歳

若すぎる死だけれど、
最近はどちらかと言えば残念なニュースが多く
かつ新譜を積極的には聞いてなかったけれど
旧譜は今でもよく聴いていて
特に写真の真ん中の
"Club Tropicana"(1983)は両面ともDjでよくかけていたし
先日12.22の宇多丸&西寺郷太主催の80s night@webのイベントでは
西寺郷太氏がDJで"Everything She Wants~恋のかけひき"をかけていて
そしたら宇多丸氏がDJブースにかけつけて盛り上がっていて、
その後、この曲の今聴いてもいい感じは一体何なんだろう?て話をした
、、、そんな矢先

西寺郷太氏からしたら今年はPrinceに続く、
本を記したアーティストの2人目の死去となる訳だ
そうか、どちらにも1980sに大活躍というのとは別な共通点があるね
「レコード会社と契約や権利について戦った」
というキャリアだ

どちらもその戦いの最中である90年代半ばは
リリースが減ることとなり
個人的には、
1番センスがキラキラ輝いていた時期を闘争に費やしてしまい、
再びリリースをする頃にはセンスの翳りを見てしまった
という印象がある

殿下はそれでもインディなり何なりで
やけくそなものであれストックであれ、
リリースを止めることがなかったからまだしも
ジョージマイケルはただでさえ寡作の厳選リリースタイプだったのに
そこを闘争に費やしてしまったが為、復活した"Older"1996の頃には
ちょいときらめきが薄くなった印象を否めなかったのを覚えている

とはいえそれまでの
Whamとしての3枚
ソロとしての"Faith""Listen Without Prejudice"
の計5枚
特にWham!のセカンドとソロの1stにはかなりお世話になったし
多大なる影響を受けた

ポップでありながらも
その背景に黒人音楽への多大なリスペクトがあった
例えばそのカバーセンス
特にWham!セカンドに収録の
The Isley Brothersのカバー"If You Were There"
俺のSOUL道への入り口となった大事な曲だ

オリジナルも
Wham!"Freedom"はモータウンビートへの入り口となったし
(Culture Club "Poison Mind"と共に)
ソロ作の"I Want Your Sex""Monkey""Too Funky"などは
Funkyな音楽への入り口となったし
"Monkey"はシングルバージョンがリミックスバージョンだったので
("Everything She Wants"恋のかけひきもシングルはリミックスバージョンだったね)
「リミックス」という感覚への入り口にもなった
Wham!のデビュー曲"Wham Rap"はRapという言葉を最初に聞いた楽曲かもしれないし
"Young Guns""Bad Boy"と共にヒップホップ的な作品の入り口だった

積極的な豪華コラボ作にも結構やられたし
(Elton John、Queen、Aretha Franklin、Mary J.Bligeなどなど)
センスのある引用の格好よさを知ったのも彼が最初かもしれない
"Fast Love"でのPatrice Rushen"Forget Me Not"の引用
"Waiting For That Day"でのRolling Stones "You Can't Always Get What You Want"の引用
などなどは俺のツボとなった

、、、といろいろ切りがないね
そんな中、彼の死を知って一番最初に聞いた曲を最後に紹介しよう
最も好きな曲のひとつ、だね
それはソロ1st作"Faith"の6曲目のシングルだ
"Kissing A Fool"1988
https://youtu.be/omsBhh8vA7c


こんなジャジーで素敵な曲を
全米5位にしちゃった訳だ
この曲の凄いのは
ずーっとチルに淡々と続いて行って
クライマックスは3:15くらいにやっと来る
そんな粋な曲をヒットさせちゃうその感じ
ほんとこの頃のジョージマイケルは神がかってました

そんなジョージ
実は俺と誕生日が同じ6.25なんです
いろいろ音楽以外ではありましたが
その、素晴らしいセンスを持った人が
俺と同じ誕生日であったことを
これからも誇りに思って生きていきます

お疲れさまでした
 
 

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by jazzmaffia | 2016-12-27 04:14 | R.I.P. | Comments(0)

R.I.Prince

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また1人
レジェンドがあちらに召されました
いやいや、、、早すぎでしょ?
去年だけでも2作出してるし
これからキャリアの総括を始めようとしているかのような雰囲気を
醸し出していた殿下だったというのに・・・

召されてからTwitterなりFacebookなりを見ていると
彼の影響力の凄さを、そしてワン&オンリーなことを感じるわけです

何をもって「ワン&オンリー」か?
例えばMichael Jacksonも同じかそれ以上の影響力のあった故人な訳ですが、
彼の場合は(少なくともソロで言うならば)代表作とされるものが、
3、4作に集約されていく訳ですが
殿下は、
死を嘆く人それぞれにとっての名作がある
という事実です

セカンドのセルフタイトル(邦題『愛のペガサス』)1979年 という人もいれば
"1999" (1982年)という人もいるし
一番のヒット作でもある
"Purple Rain"(1984年)
から始まる
"Around The World In A Day" (1985年)
"Parade"(1986年)
"Sign Of The Times"(1987年)
"Lovesexy"(1988年)
"Batman" (1989年)
"Diamonds And Pearls"(1991年)
、、、などなどを挙げる人もいるし
俺の周囲のミュージシャン、業界人は
"The Rainbow Children" 2001年
を挙げる人も多数だし、
それ以外の更なる新しめの作品を挙げる人も多数見かけた

つまり、
殿下と出会った作品こそが代表作
という訳だ

そんな人は、、、
長きに渡って活躍した人で比べるならMiles Davisぐらいか?

そして、俺にとっての思い出深い作品は
1985年の"Around In The World In A Day"
これは初めて小遣いを貯めて買ったプリンスの作品で、
わざわざ予約して買ったので
特典に何か冊子がついていたと記憶する
レコード袋も、今は亡き兵庫県高砂市の「ミヤコレコード」だしね

初めて意識したのは、
1999収録の"Little Red Corvette"1982年だったと記憶する
そして"Purple Rain"1984年もふむふむ、と思ったものの、
タイトル曲もいい感じだとは思ったものの、
曲の後半の殿下の絶叫が中学生の俺にはどうにも受け入れがたく、
レンタルレコードくらいでとどめておいた

でも、数ヶ月たつうちに、やはり殿下の存在が気になりだし、
購入したのがこのアルバムという訳だ
先行曲の"Raspberry Beret"が気に入ったのも大きい
そしてこのアルバム収録曲の
"Pop Life"
これに打ちのめされた
「なんだこれ???」「なんだこの心地よい響き!!!」
この、強烈なビートとメロウネスの同居にやられたのだ

これは当時としては珍しく、PVが作られなかったにも関わらず、
2枚目のシングルとして切られて、かつそこそこ売れた(全米7位)
これは後に12インチも購入した

そこからはもうずっと新譜は必ず購入する日々
殿下が名義を含めて迷走する1990年代後半こそは少し離れ気味になったけど
1999年の"Rave Un2 The Joy Fantastic"からはまた再び追いかけ始めた
そして殿下名義じゃない中では一番の名作だと思う、
件の"Rainbow Children"2001年が発表され、
むしろ俺の周囲の絶賛の嵐にビックリしたね
ネオソウルに対する殿下からの返答的な作風だったからだろうね

その後の殿下名義へ回帰してからのはどれもいい
中でも
"Musicology"2004年
"Planet Earth" 2007年
"20Ten" 2010年
"Art Official Age" 2014年
"Hit N Run Phase1" 2015年
あたりはよく聴いたね

・・・て言ってると、本当きりがないなぁ
好きな曲も書ききれない
他アーティストへの提供曲でもいいの沢山あるしなぁ

*****

でもこの俺の世代ならば、
行きたければ何度もライブに行く機会があったはずなのに
残念ながら俺は一度も行けていない

なんだろう?
そもそも誰であれ、
俺はそんなに積極的に外タレライブに行ってきていない
衝撃を受けるのが怖かったのかな??

こんなに作品をおっかけてるのに
ライブの評判が凄くいいのに
何故俺は殿下のライブに行かなかったんだろう???

いろんなことがよぎるね
そして悔しくもある・・・

*****

ひとまず
本当に素晴らしい作品を多数残して頂きました
そして個人的にも多いに影響を受けさせて頂きました
黒人でありながら、
白人率の高いミネアポリスという街に育った殿下が故でしょう、
Sly StoneからJimi HendrixからJoni Mitchell、Sheena Eastonまで、
あらゆるものを飲み込んで昇華された作品たちは
俺にとって本当に不滅です

これが
俺なりの精一杯の殿下へのメッセージです

お疲れ様でした

そして

ありがとうございました
 
 
 
 

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by jazzmaffia | 2016-04-22 23:05 | R.I.P. | Comments(0)

R.I.P. Allen Toussaint

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R.I.P. Allen Toussaint
追悼アラントゥーサン
俺が最も敬愛するプロデューサーの1人、
アメリカ南部ルイジアナ州ニューオーリンズ出身の、
ピアニストでありプロデューサーであり、
数々の名曲も書き下ろしてきた、
Allen Toussaintが2日前11月10日にスペインで亡くなられたそうだ
それもライブ終演後に心臓発作で
享年77歳!!

いやぁ、こういうのもなんですが
ピアニスト〜プロデューサーとして
素敵な死に方じゃないかな?とも思うね

俺自身20代に氏の音楽と出会い、
(ピーターバラカン氏のラジオや本で知ったのが最初かな)
特にピアノのスタイルなどに影響受けました
あとリズムアレンジの面白さにもやられました
彼のクレジットが入ってるアルバムは
本人名義含めて30枚以上は持ってるね

個人的にはニューオーリンズに遊びに行った時に
教会で弾いているのを見かけちゃったことがあったな
地元じゃ今でも有名人な氏は
気さくに色んなところに出没していたんだね
そんなエピソード

一番有名なプロデュース曲はこれだろうね
"Lady Marmalade" by Labelle


個人的に一番聴いたアルバムは
初期の作品集のこれかも?
この中の曲を多数コピーして練習したなぁ・・・
Professor Longhair
Dr.John
とこれですね、俺のニューオーリンズピアノバイブルは
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。。。。。
。。。。
。。。
。。
そして
いま聴いているのは頭の写真の
氏のソロ作品の中で一番名盤とされる盤
"Southern Night" (1975)

アルバムに散りばめられている、
このタイトル曲のサイケデリックで心地よいサウンドに浸りながら
氏の冥福を祈りながら
バーボンでも飲むとするかなぁ・・・
 
"Southern Night" by Allen Toussaint


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by jazzmaffia | 2015-11-12 20:22 | R.I.P. | Comments(0)

残念です、宮田繁男さん

R.I.P.宮田繁男さん
早すぎます、残念です

 2007年頃に渋谷PLUGで、確かNoa Noaのサポートをしていて、対バンか何かで出会ったのが最初。俺はもちろんoriginal loveのヘビーリスナーだったので、
「あの宮田さんがこんなライブハウスで、かつ若いバンドのサポートなんかでも出演するんだ!」
と驚いた

 でももっと驚いたのは、話した時に、
「あ、あなたが45なんですね?"Hello Friends"持ってますよ。いいアルバムですね」と言ってくれたこと。そう、氏は俺のアルバムを既に持っていてくれたのだ。

 せっかくSOUL談義で盛り上がったので、ノリで
「俺主催のDJイベントがあるので、DJしに来ませんか?」
と誘ったら、快諾。下北沢で当時俺が主催していた"The Night Life"というカフェイベントでレコードでDJプレイを披露してくれた。

 その後も何度か飲んだりした

 にも拘らず、残念ながら、一緒に音を出す機会がなかった

「ま、どっかで一緒に音を出す機会は遠からず来るでしょう」
と言ってくれていたし、俺もそう思っていた

 だから、残念です 

 友人から、氏が昨年から体調を崩しているのは聞いていたが、ま、大丈夫でしょう、と楽観していた

 残念です

ユーミンのサポートから、無名バンドのサポートから、自身の活動まで
本当にお疲れ様でした
あちらでも楽しき音楽生活をお過ごし下さい
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by jazzmaffia | 2014-04-01 14:58 | R.I.P. | Comments(0)

追悼Nujabes

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訃報が入ってきました
Nujabes氏が交通事故で亡くなられた、と
自分らと遠くないシーンの人だし
個人的にも何度か話したりしていて
何か絡めたらいいね?みたいな話くらいまではしていたので
非常に残念ですね

俺自身DJ Lavaの楽曲の大半でピアノを弾いてきた
&そのLava自身がNujabesと親しかったというのもあっての繋がり
ではありましたが

音楽性の賛否こそあるとは思いますが
自分自身が極力表に出ない
音楽のみに耳を傾けて欲しい!といった動き方を含め
その提示の仕方に個人的にも凄く刺激を受けてきたことは事実です

どういうのが売れるか?というマーケティング主導による作り方ではなく
自分がいいと思う音楽を売っていくにはどうしたらよいか?
ということに正面向かって進んできた人だったなと

そしてこんなご時世に、むしろ更に気合を入れて次のアルバムを作っていたとも聞きます
ご冥福をお祈りします

氏が再びスポットを当てた曲の一つ「スパルタカス愛のテーマ」
そのBill Evansバージョンを聴きながら


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by jazzmaffia | 2010-03-18 17:54 | R.I.P. | Comments(0)