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この違和感はどれくらいの人と今共有出来るのだろう?

「デフレ脱却の正念場」
「アベノミクス三本の矢の評価」
「消費伸び悩み」
「GDPが2四半期連続のマイナス成長」
「住宅ローン金利引き下げで住宅購入推進」


いまメディアをにぎわせているこれらの類の言葉は
意味こそおおよそ分かれど、何ともリアリティがないのは俺だけか?
もちろん漠然と
「日本国としてそれなりに経済成長していかないと
これからあまりよくない、かもしれない?」

くらいは思うものの、
、、、にしても諸々の深刻めいた報道に
全く興味を持てない、リアリティを感じないのは何故か?

本当に深刻なことならば、
ちゃんと俺も学ぶべきだし、
対策をちゃんと考えるべき、はずだ
、、、なのに「ふ〜ん」という感想しかもてないのは何故か?

そこにある問題と、俺との距離は何なのか?
その理由にふと気づいた
買い物をどんどん出来る状況でさえあれば、
大衆は幸せなのだ

という価値観に対する違和感なのだ

少子化も進むだろうし、
すなわち空き家も増えて行く事は目に見えているし、
今の俺にとっては全くマイホームは夢じゃない

レコードや楽器や服や靴も買うのは好きだけど、
買えなきゃ買えないなりに、
フリマなりトレードなり
今や色んな形で新たに「入手」することは出来る

そして「買う」ことはその瞬間こそ快感はあれど
決して「幸福」とイコールではない

そう、広告をバックに存在しているのが基本マスメディアなので
そんなマスメディアが
何も買えなくても楽しい生活を送る事は出来ますよ
なんて言える訳が無い

そんなマスメディアが曲がりなりにも力を持ち続けている以上、
政治家もそんな消費の積み重ねによる経済成長を経験してきた世代ばかりである以上、
消費を促すことしか対策が出て来ない
GDP成長しか道がない、ってことになっている
ほんとにそうなのか???

人間社会のあり方ってもっと歴史を振り返っても色々あったはずなんだが
アメリカ式資本主義〜グローバル化以降、
「幸福の形」を強制的に決めつけられてしまっている
結局の所「幸福」=「金」ってことになってしまっている

個人的には
もちろん日本人であることに誇りをもっているし
日本が好きだから、
政治家が「消費税を10%に」というなら
それでいいよ、というスタンス
(もちろん日本と似た境遇の国との比較で、
10%くらいなら良いんじゃない?とそもそも思ってました。
もちろん10万円の品を買うのに11万かかるのは大変だけどね 笑)

政治家を責めてもしょうがない
ご存知のように、政権政党が変わっても似たようなもんでしょ?
「だから日本はダメなんだ」なんてことはさらさら思ってない
こうなってしまうにはちゃんと歴史的理由があるし、
大なり小なり我々も両親も祖父母もこの状況に加担して来たはずなんだ

このまま解散総選挙ならば
もちろん選挙はいくし、皆も行くべきだけども
同時に俺も皆もこういうことを考えて行くべき時期だと思うんだ
「幸福」=「金」って価値観からの脱却
それこそが
選挙よりも実はもっと大事なんじゃないか?と

「周りはあれを持ってるのに自分は持ってない」ということを
恥に思わなくてもいいんじゃないか?
今まではそれを「恥」と皆に思わせる事で、
大家族→核家族化を進めて各家庭に家を買わせて冷蔵庫を買わせて、
家庭内でも1人1テレビになり、1人1携帯になり、、、、
そう、グローバル化って実は無個性化、
人間の画一化を進めることでもあるんだよねぇ
「あれを持ってない」じゃなくて
「自分にはあれがある」(物じゃなくてね)
ということを見つけれることの方が大事でしょ?
それこそが個性でしょ?

政治家を筆頭に、
「誰かにどうにかしてもらおう」
とするからこそのストレスなんだとしたら、
「誰か」に任せておくのではなくて
自分たちで何かを始めればいいだけじゃないか?

そんなことを考える夜です
 
 
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by jazzmaffia | 2014-11-19 01:01 | ひとりごと | Comments(1)

続「いま売れている音楽」論

昨日のBLOG記事「いま売れている音楽」分析で記したこと
(http://jazzmaffia.exblog.jp/21276280/ ←まだの人はこちらを)
に更に追記しておこう

昨日記した、
「被害者意識」からスタートする発想が引き起こすパラドックス
っていう話は
ストリート発信という視座の音楽
ヒップホップであれ、パンクであれ、
それらにも当てはまるね

つまり、
どん底から這い上がって来たのを売りにする限りにおいて、
現在もそんな「どん底」が存在してくれないと
その音楽の存在価値が危うくなる、
というパラドックスに陥る

何故なら、彼らは
「いかにどん底(とされる場所、人々)でひどいことが起きているか」
ということを訴え続けなければいけない、という任務を負う
つまり、彼ら自身が無事成り上がれたとしても
現在起きている「ひどいこと」ばかり探してしまう
「ひどいこと」が起きた時に「よっしゃ、任せろ」と立ち上がる
本心ではないにせよ
「ひどいこと」が起きるのを心待ちにしてしまう
という流れになる

、、、とここまでは昨日とほぼ同じ話

もし本当にそんな「どん底」が無くなって欲しいと願うのならば
そもそもの捉え方を見直す必要があるんじゃないかな?
いろんな厳しい状況というものはもちろん存在するけど
そこに
「敵」「責任者」を見つける事で解決しよう
とするのが違うんじゃないかな?

その言語感覚はまるで「脱法ドラッグ」と同じ
な気がするんだわ
分かるよね、「脱法ドラッグ」はそのネーミングの都合上、
永遠に無くならないことを義務づけられている言葉だ
ま、遅まきながらメディアも気づいて、
最近は「危険ドラッグ」に変わってるけどね

きっとね、「脱法ドラッグ」って言葉を知ってるかどうかで
「あ、君はその世代ね」ていう時代が10年も経てばやってくるね(笑)

話がずれました

そう、昨日今日で言いたかったことは
表現者はもう少し大きな視点を持つべきじゃないかな?
てこと

どうせなら何十年経っても、何世代先の人々にも
「届く」ものになってほしいじゃない?

その場限りの快楽、という形を目指すなら
もちろんその「被害者意識」からスタートする感じは
今の時代にハマっていて、成功する確率は高いだろうけどね

。。。でもこの地球に70億人もいて、かつ増え続けているという現状は
いろんなストレスが無くなるどころか増える一方な状況だ

、、、ってことは

やはり今後も「被害者意識」表現って
旬であり続けるのかもしれないなぁ
、、、
とも思う夜でした


 
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by jazzmaffia | 2014-11-07 00:51 | ひとりごと | Comments(0)

『いま売れている音楽』

俺は、半分趣味半分仕事ってことで、
常に売れているものは可能な範囲で日々チェックしているし、
可能ならライブにも顔を出している。
それは「いま売れている」ということは
すなわち「いま(リスナーに)届いている」音楽ということでもあるから。
それが直接的に自分の表現方法の変化に繋がらないにしても、
ちょっとした仕上げ方やライブのあり方に活かしたいしね。

そう、
「俺のやりたい音楽を届ける」
んじゃなくて、
「俺に出来る"届く音楽"を作る」
てのがやりたいんだな。今までも、これからもね

そんな中、ヒップホップのAK69のライヴDVDを見て、
ロックバンドのUVERworldはライブを見て来た。
後者は実は最新作「0 Choir」に二曲ピアノで参加してたりするしね。

ジャンルは違うが2組には少し共通点を感じている
*武道館かそれ以上のクラスの会場を満員に出来る力がある
*テレビにはあまり出ない&出し辛い曲が多い(政治批判メディア批判の曲も多い)
*ファンに熱狂的に支持されている、カリスマ的存在感を示している
*10代を含む若いファンも多いし、大人もいる
(ついでに、可愛い子も多いね 笑)
*いずれもシーンの中で孤高の存在であり、
あまり同ジャンルの他アーティストとのコラボを積極的にしているイメージがない、
ディスられがちな存在、とも言えよう

それらはあくまで結果としての現象なので、
特筆すべきことでもないんだけど、
個人的に気づいた事は
1)とにかく客を鼓舞することに特化した音楽〜エンターテイメントを売りにしている
2)走り込み、ジム通いなどによる、肉体作りを実にストイックに日々やっている


特に1の鼓舞の仕方に共通の特徴を感じた
いずれも、「辛いご時世」「いけてない政治家」「いけてない音楽ばかりだ」などを理由に、
まず「我々は被害者である」という世界観からスタートしている。
そして「そんな中俺は立ち上がった/突き進んでいくよ/そしてここまで来た」と。

その、「我々は被害者である」という部分が俺がひっかかるポイントの1つ

これは内田樹氏にも分析されているように(「下流志向」講談社文庫など)
特に80年代以降顕著になってきた若者の共通認識の傾向だ
(つまり俺も含まれるが、最近はより顕著ってこと)
言われて久しい「格差社会」その底辺に我々はいる、
自分たちのせいじゃなく、こんな辛い世の中に生を授かった不幸

というところから全ての発想をスタートさせている

その視座からの
「そんな君らも立ち上がればどうにかなる」という言葉は
実に心地よく響くのは俺も分かるんだけど、
そのメッセージをメインに据える音楽が、
今後もずっと売れて行く為には
結果として
今後も「格差社会」が続いてくれないと
この音楽はいつか響かなくなる可能性がある故、
この辛い世の中がこれからも続いて欲しい、
という存在の仕方にも見えてしまう

そんなパラドックスに陥っているのだ

そしてもう1つ言うなら、
その二組は孤高の存在であるが故に
コラボをあまりしないことを選択しているが故に
(「いけてる音楽が周囲にない」宣言は、すなわち先輩否定宣言でもある)
結果、音楽的に深みのあるものになりにくい
というパラドックスにも陥る

そこに、俺個人的にはどうしても何かしっくり来ない要素を感じてしまうんだな

でも
たった今大きく売れたい人は、
テレビタレント的じゃない形で大きく売れたい人は、
そんな「被害者意識をくすぐる」作品作り、エンタメ作りは
必須なんじゃないかな?

俺?
俺は、現状を踏まえつつ、もう少し先を見据えて、
そんなご時世にどうやれば「ぬるっ」と多くの人の耳に、心に入り込める
俺らしい音楽を作れるのか?
という視点でやっていきたいと思ってる次第です、今までも、これからも

逆に言うと、
だから俺は「たった今」大ヒット作品を出せていないんだな、
とも言えるけどね 苦笑

・・・
って言いつつ、既に述べた彼らの肉体作りの努力
(例えばUVERworldメンバーは毎日10kmも走ってたりするそうだ、毎日だよ)
そして客へ発信するその全身全霊感は間違いなく凄い
俺の周囲の、いいものを持ってるのに売れていない人たちとの差はそこにある

でも俺は毎日10km走る、なんて無理だなぁ
俺にそんな日が来たりすることはあるんだろうか??笑

 
 
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by jazzmaffia | 2014-11-06 01:43 | ひとりごと | Comments(0)