
『日本の伝説』柳田国男 著(1929年)
柳田国男、日本の庶民の歴史にまつわる本を読んでいると必ず出てくる名前だが、個人的にはこれでまだ10年ぶり以上の2,3冊目くらいかと。むしろ弟子でもあったという宮本常一とか網野善彦とかの方が俺にはスッと入ってきて素直に面白い印象。どうしても柳田国男は情報の羅列な感じが否めないという印象、かつ情報量が凄すぎるとセットで印象には残るんだが。
古本屋に行く度に手を伸ばして軽く立ち読みをしても買ってこなかったが、これは子供向けとのことだったので、今の俺なら読めるかなと思って購入。そう、これが記された昭和初期(昭和4年/1929年)とかであればまだ少しは身近であっただろうテーマも、100年近く経った今は痕跡が少なすぎるので、「子供向け」ぐらいに平易に書かれたものじゃないと頭に入ってこないのでね。
で、最初パラパラ読んでいるときはこれまで通り情報羅列で読了は厳しいかな?と思ったが、飛ばし読み的に読んでいるとむしろ楽しく読めた。作者の気遣いもあり、いろんな地方の地名まで記されているが故、俺の地元の兵庫は播州の話から、父の実家のある熊本の滑石まで出てきて、そんな時にパッとイメージが浮かんで、伝説が身近に感じられてくるのだ。
ここに紹介されているのはこんな伝説たち
*水不足で苦しんでいるところに現れた弘法大師が杖をついたらそこから水が湧いてきた話
*片目の魚にまつわる話、これがどれだけ全国区に伝承されているのか?
*箸を地面に刺したらそれが木に成長した話(源頼朝・義経など)
*袂石、お参りなどに行って帰ってきたら袂に石が入っていて家に備えたら石が大きくなって、、、みたいな話
*日本古来から信仰の対象でもあった山には、高さ比べを筆頭とした山同士の争いの伝説が多々残されていると。
*国境を決めるために同じ峠などを双方の町から目指して、落ち合った場所を国境にしよう、とした話
、、、などなど、これらがどれだけ全国津々浦々に伝承されているかを各数十個ずつ紹介するという情報量(汗)
柳田国男は注釈をしているが「昔話」と「伝説」は違うと。「昔話」は伝え聞いた上で「むかしむかし〜〜だそうな」という型を軸にした噂レベルの話なのに対して、「伝説」はそれを伝えている人が「信じている」ということが違うと。なので伝説には必ずその対象の大木なり岩なり山なり池なり、固有名詞にて特定できる場所がある。
にしても、このような話が、識字率の低い時代に口承で伝えられてきたというのはすごい。でもって2025年現在の俺から想像するとすごく遠い昔のような気がしてしまう。ハッキリ言って、これまでの数千年の日本と今は断絶してしまったんだなぁと思いながら読んだ。庶民感覚としては断絶は明らかだ。今はせいぜい「パワースポットかどうか?」でしかその場所の価値を判断しないからね。あ、でもそんなポップな形をとってでも結果として価値を持つ歴史的な場所があるのは長期的に見ればいいことかもしれない、とも思う。実際、ここにある「伝説」にまつわる場所は2025年現在も多くは残っていたりするはず(山や岩などは特に)で、そんな場所にまつわる「伝説」「伝承」がこうして書物となっていること自体は未来への橋渡しにいくばくかはなるのかもしれない。
個人的に大事だなと思うのは、こういうスケールの書物を読むことで、その「伝説」にまつわる場所が身近にあることで、自分が大きな歴史の中にいることを感じられることだね。どうしても最近の報道だと「アメリカがああなって日本はこれからどうなる?」「日本のテレビはどうなるの?」「物価高?賃金は?」みたいな短期スパンなスケールでしか物事を考えられないようになっちゃうからね。
あぁ、父方のおばあちゃんが生きてるうちにもっと色々話せばよかったな。その熊本の現在玉名市の中の町「滑石(なみし)」とはその名の岩が入江にあってそれが町の名前になったそうで、その岩は神功皇后が三韓征伐(西暦で200年代、3世紀)で今の韓国から帰ってきた時に、袂に入っていた石が大きくなったもの(袂石)という伝説だそう。ただその場所は埋め立てられてしまったので今は分からないらしい。うちのその実家は埋立地ではあるので
「ひょっとしてうちのあたりにその石があったのか??」
なんて妄想もさせられるね。
さらには昨年読んだ「神々の沈黙」などによると、人類の「意識」はその2,3世紀などはアジアあたりではまだなかった頃かもしれないとされる。だとすると、言語こそあれどもう少し本能を持つ動物に近い人類だったとすれば、こうした、今では考えにくい妄想のような伝説・伝承が多数生まれたことも納得できるような気がするのだ。まだ巨大古墳を作る前の話だしね。
この手の本をただただ個別に読むのでなく、得た知識を合体させていくと、納得の歴史観ができてきて楽しいね。まぁできたとて、俺の音楽仕事にどうプラスかは判らないけど、いや仕事にプラスかどうか?というより人生にとってプラスな知識だからそれでいいというのが俺の本音。もうすぐ「神々の沈黙」の後に読み始めた「ユーザーイリュージョン」が読み終わるので、またこんな話を書けるかと思います。
長文駄文をここまで読んでくれた方、ありがとうw