Bar Pain

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昨日2011年8月20日個人的な思い入れのある店が無くなった
通称ガジロ−という、実に濃いキャラの男の店、
新宿三丁目のBar Pain

俺が20代の、音楽の仕事が全くなかったバイト時代によく通った店だ
ガジローとは年齢も一つ違いということもあり
話もよく合うはぶつかるわで、かつては週に2、3度当たり前のように行っていた

当初はBar Marthaという、やはり新宿三丁目のバーの雇われ店長として彼とは出会った
彼の店は、今思い返しても実に濃いお客さんの集まる場所で
その、10人も入れば満員な、狭いバーはいつも人で溢れかえっていた

集団で行くべき店ではない
一人で行くのが最高に楽しい店だった

最初は知人のミュージシャンに連れられて行ったんだけど
次から勇気をもって一人で飲みに行くと
やはり隣にいる一人をガジローは紹介してくれて、
そこで客同士のコミュニケーションが生まれて行く

職種はもうバラバラ
中には凄い人もいたが
皆が酒とガジローを前には平等でため口、といった感じが実に楽しい
「こないだ喧嘩してたオジさんは**社のディレクターだよ」
という感じだし
当然女性も一人で飲みにくるような人が常連となっていくので
一癖二癖あって当たり前、な人ばかり

そんなバカ話な夜の積み重ねが、
俺の下積みの時代にどれほどの潤いをもたらしてくれたことだろう

バイト帰りの、少々ストレスが溜まった状態の時は間違いなくその店に寄る
バカ話をする、たまには女に恋をする、
そしてそこでかかる音楽は1970年代の音楽ばかり
そんな時間を過ごすと、一瞬で昼間のストレスは吹っ飛んでしまう
大抵の仕事上のストレスなんて大したことはない、というのはこの時期に身を持って知った
(ただ、恋の悩みばかりは話が別だけどね 笑)

そして、ただ飲むだけではなく、
結果、俺の遅れた初レコーディング作品も生まれた
そう、彼ガジローはシンガーソングライターでもあったのだ

お客さんとして常連だったレコーディングエンジニアの人と協力して
作り上げたアルバムは今聴いても素晴らしいな
当然テープでのレコーディングだしね
グランドピアノは俺の人生初のスタインウェイだったしね

そうした、予算ありきではなく
気持ちありきで作品というのは形に出来るのだと知ったのもこの時期だな

実は
俺の、完全自主制作のソロアルバムというのを2,000年にリリースしたんだけど
それもこの時期、彼や、店で知り合った人の協力を得て作ったものだ
その頃に雇われ店長をやめ、自分の店Bar Painを彼は作った

場所を移っても狂騒は続く

気がつけば新宿三丁目にはボトルキープをしている店が5軒とかになっていたし
バーの常連たちが集まって野球チームとかも作ったし
足を怪我してるのに代打で出場して、ヒットを打っちゃって、足を引きずって一塁まで走ったなぁ
当時俺のことを好いてくれていた子がおにぎりを作って試合を見に来てくれたりしたなぁ 笑

そんなこんなで17年近くは彼の店に通い続けたことになるね
もっとも最近は2ヶ月に1回くらいしか行けてなかった


*****

そんな店の最終日には23時頃に顔をだした
既に超満員だ、15人くらいで満員の店に30人近くはいただろうか

諸事情で、いるべき奴がいなかったりとかは多少はあったものの
やはり懐かしい面々ばかりの懐かしい空気になる
皆で近況を話合う
少なくとも来れた面々はみな元気だ、仕事も順調な連中が多い
まぁ今や俺らは中年だからね

そんな話と乾杯とを繰り返しながら夜が明ける
この集まりはもう二度とない
ほとんどの人とは二度と会えないかもしれないな

でもそういうものだ
20年後に店をたたむよりは、
今たたんでくれたことでこれだけ集まれたのかもしれない

そんなことを考えながらガジローと他の仲間たちと別れを告げた

あの、悶々とした日々があったからこその今の俺だ
音楽バブルな時期に音楽の仕事がなかった俺
そんな俺をいつも励ましてくれたガジローには本当に感謝してる
20年のバーテンダー生活、ひとまずお疲れさま!

。。。あ、どうせ君はインターネットは見ない派だったよね 笑
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by jazzmaffia | 2011-08-21 23:16 | ひとりごと | Comments(0)

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