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「自分らしく」「本当の自分」って??

書き留めておきたいことがいろいろあって
できればいろんな人に読んで欲しいけれど
でも万人が受ける内容でもないし
中には反感を持つ人もいるだろう、、、
ということを書く場所として
やはりSNSよりblogぐらいがちょうどいいなと思う今日この頃

以前も書いたことがある、気がするが
もう一度今の自分が言葉にすると違うかもしれない
と思って記す

*****

「自分らしく」「本当の自分」
という言葉の薄っぺらさ
そして影響力の強さ

昨今、ていうか俺が生きてきた中では
ほぼそこらじゅうでつぶやかれ、
記事や広告で使われてきた言葉だね

これらの言葉には
「ここではない、どこか」
と同じくらいの薄っぺらさを
今の俺は感じるんだけれど
まだ不勉強だった頃は、すごくこれらの言葉には惹かれたし
周囲からのアドバイスや説教の中でもたくさん聴かされた言葉だ

今日は「自分」について思うことを記しておきたいだけなんだが
「自分らしさ」という概念を
=生まれながらに持っている自分=本来の自分
みたいに言われがちなことに対しての疑問を
それなりに勉強してきた俺、50歳を今年迎える俺は感じるね、それも身体的に

そもそも俺、SWING-O自身の個性ってなんだ?
俺ってどんな人だ?どんな音楽家だ?
と言ったことを振り返ってみるとなお、その疑問は強くなる

なぜなら
元々プロのミュージシャンになりたかったわけじゃないし
増してや黒い音楽〜ソウルミュージックをしたかったわけでもない
いろんな偶然の積み重ねと言うと説明を簡略化させすぎかもしれないが

幼い頃から貯めたストレスとそれを解消しようとする俺
でも解消しようとすればするほど解消できない悪循環に入り
社会が用意してくれる「進学〜就職〜終身雇用」というルーティンに
乗っかってもこのストレスが解消できないことを20歳の頃に直感したので
レールに乗らない道を選んだ

そんな「強い意志」なんてない
強くある意志は「ルーティンに乗らないでも生きていけるように」頑張りたい
という意志だ

でもそんなことを言っても今の世の中ではポップではない
仕事を獲得していく上でも有益な内容ではない
だから俺は人に聞かれた時のために
「黒い音楽は任せてくれ」
「黒い音楽を日本に浸透させるために頑張ってるんだ」
みたいなポップな言葉に敢えて変換しているだけだ
その根底はただ
「ルーティンに乗らないで生きていきたいから」
に過ぎないのだ

*****

あと俺の中に強くあるのは
「始原の遅れ」という感覚だ

これは本来は
人間が生まれた時には
例えば俺の年齢ならば
生まれた時にすでに言葉はある、電車がある、新聞雑誌テレビなどのメディアがある、、、
などなど、すでに存在するものが数多あり
何も知らない赤子から徐々に、
まずは「すでに存在するもの」に追いつけるように頑張るしかない
という事実について指す

そして俺の場合はさらに
「クラスメートからの遅れ」
音楽で食っていけるようになったのが30過ぎからだから
「音楽業界の中での遅れ」
を感じながら、必死に追いつけ追い越せと生きてきたし
たった今も「遅れ」をいろいろキャッチしながら、ある種ビクビク生きている

ポップに換言するならば
俺は「嫉妬深い」ということかもしれない
「あいつ、うまくやりやがって」
「あいつ、羨ましいなぁ、、、」
その感じを常に俺は持っている

そして敢えて自分を褒めてあげるならば
俺は常に
「頭のいい人」「生き方の上手な人」「腕の立つ人」を
時代を問わず羨ましがる目線を持っている
そんな彼らに始原の遅れを感じている
「こんなんじゃだめだ俺」と

そんなコンプレックス的なものをキープできてるから、
いい年こいた後も少しは成長してこれたし
なんならこれからも少しは成長できるんじゃないかなと思っている

*****

そんな俺からしたら
「自分らしく」「本来の自分」
なんて考え方はちゃんちゃらおかしい
ていうか、そんなに自分に自信が持てるものか?と
本来も何もあったものじゃないよねと

その言葉にあるのは自己肯定
いやそれはそれである程度は必要なことだけれど
「俺ってこうなんだ」「私はこうだ」と
欧米的にハッキリ主張することって
たった今の社会において優遇されるし
「格好いい」とされるのはわかるけど
それは
自己肯定のようで自己限定でもある、
という事実が見逃されがちだ

俺が大事なことだと思っているのは
「自分」と言う人間が社会に置いてどういう人間か?
どういう人間であるべきか?
と言うのは
あくまで社会の中で決まることであって
自分一人で決めれることではないんだ、

一人で山にこもって新しい自分を発見したと言う人がいても
山から降りて、その前にいたコミュニティに戻ってきたら
また元の自分に戻されてしまう、か、省られるだけだ

同窓会がいい例かもね
どれだけ昔とキャラが変わった、見てくれが変わって、
昔と違う自分になっていたとしても
1時間も立つと結局昔のクラスメートの関係性に戻ってしまうでしょ?

本来複雑なことを、言葉にしづらいことを
一つのシンプルな結論に持っていくのは
ビジネスに置いては必要なことだというのは重々承知だけれど
気をつけないと、その人の可能性をむしろ縮めることになるし
違う意味で圧力、ストレスを与えることにもなる

じゃあ
あるがままの自分
か?

これまたポップだけどなぁ
これも
そんな強く生きていけるか?と俺は思っちゃうな
ま、
人を一瞬楽にしてあげられる言葉
としては利用価値は認めるけどね
そもそも「あるがまま」ってなんなん?
って関西弁的に突っ込みたくなるのが本音

俺自身の日常の感覚は
「もっと俺はこれくらいできるようになるはず!」
「俺に足りないのはなんだ?」
って感じだね
常に自分に満足しない
ま、年齢とともに、半分くらいは満足する自分になってきた、気がするけれど
半分以上満足できそうになると必ずうまくいかない事があったりして
結果不満足な自分に戻る
そんな49年間だね

神様は俺に優しい、、、と結果今なら思える
昔はなんで俺ばっか???と
被害者意識があったけどね
今は「あぁまた試練を与えてくれたんですね?」と言う形でキャッチできる
悩むことは辛くもあるけれど
具体的にすれば意外と楽になる
いろいろ経験してくる&勉強してると
まぁ俺の悩みなんてちっぽけだってことにも気づけるしね

俺のように
始原の遅れを感じつつ生きる
周囲にも遅れを感じながら生きる
っていうのは
たった今、皆に勧められるものではないけれど
すごく学び甲斐のある感覚にはなる
実際、悩みは常にあっても
違うスケールの悩みに変化進化深化していく
羨む知性のある人の意見をキャッチして吸収していける感覚になる

もっと楽に生きようよ
だって?

いや
苦労するくらいがいいんじゃないかな?
その都度精一杯あがいてる方がいいんじゃないかな?
振り返った時に3分はニヤつけるよ 笑

ってのが俺、だな

*****

長い自問自答、自己確認でした
ここまで読んでくれて、
かつ響く人が二人くらいいると、幸いですw


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写真:2014年10月の茨城は結城市のイベントにてソロピアノ演奏中の俺

by jazzmaffia | 2019-03-14 01:59 | ひとりごと | Comments(0)

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