人気ブログランキング |

2019年 05月 03日 ( 1 )

Book : 村上春樹「騎士団長殺し」と河合隼雄「中空構造日本の深層」

文庫本になるのを待って早速読んだ、
村上春樹「騎士団長殺し」2018年
そしてたまたま見つけて購入した、
河合隼雄「中空構造日本の深層」1982年

この二冊が俺にはすごく共鳴しあっているように感じたので
まとめてレビュー、記しておきます

平成最後に記したながーーい話とも呼応する
「今の日本に不足しているもの」
と言う視点で記せればと思います

d0094512_00470738.jpeg
『村上春樹は、なぜ「同じ話」を書き続けるのか』
と言う記事が「騎士団長殺し」が出た時に書かれていたけど
村上春樹を好きになれない人は、そこらへんの、
よくも悪くも「いつも同じ空気感」である事が入り込めない理由の一つであろう事は、わかる

この記事に詳しく分析されているけれど
東洋経済オンラインー村上春樹は、なぜ「同じ話」を書き続けるのかー
いつも
*喪失感や虚無感を抱えた主人公がいて
*何かを探していて
*現実と異界が接触していて
*異界には何か邪悪なものが存在していて
*現実世界に侵入してくる
と言う定型がある

村上春樹自身の言葉では
「とことん掘って掘って掘り続けていく事で見つけられる、
物語の「金脈」のようなものがあり
それは時代を問わず人類に訴えかけられる事ができるようなもの」
(正確な言葉はお調べください)
と言っていて、彼はそのために小説を書く時間を午前中の早い時間と決めていて
その「金脈」をキャッチできる体であり続けるためにも
走ることを筆頭に体を鍛える事も日課としていると言う

今作「騎士団長殺し」もご多分にもれず
いつものその「定型」の空気感で進む物語でした

■■■■
、、、一方
河合隼雄「中空構造日本の深層」というのは
臨床心理学者である著者が、
日本人〜日本という国の精神構造のあり方を
古事記などから始まる神話の構造分析から紐解く
というスケールの本

Noと言えない日本人、とか
リーダーシップに欠ける日本人、とか
つまり日本人には責任の所在がはっきりしない傾向が強いところがある
、、、という事は現代の日本人であるあなたも頷かれる事だと思うけど
その根源は古事記に描かれる神話においてもそうなのだと

役割が明確でない中心人物がいて、
その周りに相反する二人の神がいる
という構造で描かれる神話がほとんどだそうで
(例えばアマテラス、スサノヲのような強烈に描かれる神に挟まれて、ほとんど役割が描かれないツクヨミ、という三神)
中空構造になっている
この構造はどういう価値観をもたらすか?と言うと

異なる価値観や原理が排除し合わずに、
調和を得て相補的に働きながら
共存する事を可能にする構造
一体感を大切にする事で人間を万物と共生させる構造
(均衡の構造)

対して欧米的な価値観と言うのは
一神教をベースにして
近世以降の「科学の知」と統合されて
一面的な性格を持っていて
父性が強く、切断、排除の力が強い

噛み砕いていうなら、
答えを明確に一つに絞ろうとしがちであり
結果、争い事を起こしやすく、
植民地支配のような強制的な考え方をしがちだ

もちろん悪い事ばかりではない
そういう価値観であるがゆえに自然科学も発展したし
新しいものを生み出す力
新しいリーダーが生まれやすい側面は
間違いなくある

そんな欧米の価値観の影響が日本においても強くなったせいで
白か黒かの二択に迫られることが多くなり、
中空構造のバランスが崩れてきている、と

そして「科学の知」が世界を席巻している事で
日本に限らず、
元来、神話〜昔話などの形で世界中にあった、
「魔法」「霊」的なファンタジー〜メルヘンと言ったものが
抑圧されるようになってしまったと

そして河合隼雄は言う
「多くの現代人が抑圧しているのは、フロイトの時代とはむしろ逆に、「霊」あるいは「魂」の問題ではないかと思っている。現代人は性なる世界を重視するあまり、聖なる世界の存在を忘れているように思えるのである。フロイトの時代には、大学教授は性のことを語るのに顔を赤らめなければならなかったが、現代では、大学教授は霊のことを語るのに顔を赤らめなければならない」

これは1982年に出された本で、
70年代後半に書かれたものが中心になっているんだけど
全く2019年の令和の今にも響く言葉じゃなかろうか?

■■■■
そして村上春樹に話を戻すと
1982年は「羊をめぐる冒険」を発表した年
これは彼の「定型」が一つの完成をみた作品とも言われている
実際最近読み直したばかりだったので、
最新作「騎士団長殺し」と比べても
物語の土台、根っこは同じように思った

その村上春樹の「定型」小説のあり方に
俺が思ったのは(内田樹氏も確か指摘していたが)
村上春樹は
現代に必要な
神話を作ろうとしている

現代に必要な「神話」を彼は書こうとしている
そのような視点で過去作を思い返してもやはりそんな気がする

村上春樹作品における
「異界」
と言うのは
臨床心理学者が現代は抑圧されていると指摘した、
「霊」あるいは「魂」
の事じゃないか?と

二人の立場の違う執筆家が思う、
「今の日本の問題点、今の日本に不足しているものは何か?」
が一致しているように俺には思えた
(しかも両者ともその話をしようとしたタイミングが70年代後半)

確かに「科学の知」ベースな現代社会においては
霊の話、スピリチュアルな話はスピ系とか言われて
少し変わった人、扱いになりがちだ
でも、言葉で説明する事が難しい経験は実は誰でもする、してるはず

そういった
「異界のもの」「霊的なもの」
を受け止められるような「寛容性」こそ
今の時代に必要なのではないか?

前回のブログに記したような、
敵か味方かじゃなくて
白黒はっきりさせなくてもいいじゃないか
と言う感覚、
清濁併せ呑む
感覚の復権を問いたいのではないか?

、、、
なんて事を感じながら読むと
村上春樹の面白さ、
「定型」の「同じ話」なのに毎回売れてしまう理由がわかるんじゃないか?と

もちろん村上春樹は
中に出てくるたとえ話が秀逸だったりするし
音楽にまつわる話も、その作品自体の魅力を増す事に付与しているからいい
ある種「音楽的な小説」でもあるから俺は好きなんだけどね

最後に「騎士団長殺し」の中に出てくる、
騎士団長のセロニアスモンクを例えにして話す言葉が素敵なので
引用してこの長文を終わりにしよう

セロニアスモンクはあの不可思議な和音を、理屈や論理で考え出したわけじゃあらない。彼はただしっかり目を見開いて、それを意識の暗闇の中から両手ですくい上げただけなのだ。大事なのは無から何かを作り上げることではあらない。諸君のやるべきはむしろ、今そこにあるものの中から、正しいものを見つけ出すことなのだ 
by 騎士団長





by jazzmaffia | 2019-05-03 01:57 | SWING-OによるReview | Comments(0)