カテゴリ:ひとりごと( 154 )

「割に合う?」「割に合わない?」

金銭的に「割に合う」「割に合わない」
ってことはいつからか、あまり考えないようになった
もちろん生きていく上では金銭は必要だけど
回ってさえいけばいいと思っている
貯金はもともと好きじゃないし得意じゃないし、
金儲けをあまり考えなくなった
(そりゃ若い時は考えたよw)

むしろ「面白い音楽」「面白い作品」
と関われるかどうか、
作れそうかどうか、
を軸に生きている、生きていけてると思う

だから、
「それはSWING-O、自分を安売りしてるぞ、なめられてるぞ」
と先輩なり仲間なりに言われかねない条件でも受けちゃったりする
俺的に「面白い音楽」でさえあれば、戦ったり断ったりする方が勿体無いと思うからね

ところで
そんな俺が「面白い」と思うものってなんだろう?
と考えてみると、あえて言語化するならば
「数千人〜数万人以上が必要としてるはずの、
今の世の中に足りてない、深み・奥行きのある音楽」

「俺の好きなことだけやりたい」という意味ではない
そもそもそんなことは全く思っていない
それは俺自身の可能性を自ら限定することになる、と俺は思ってるからね

昨今は
「自分のことは自分が一番よくわかってる」
という体で話が展開されることが多いけど
(転職サイトが悪しき例だね)
俺は、それは違うと思ってる
それこそ相手を守っているようで、
その実、その相手の可能性を狭める哲学だと思うんだよね

「よくわからないけど、面白そう」
というものに乗っかれるかどうか?
がその人の可能性を広げる行為だと
俺自身がまず体感している

話を戻すと
「割に合う」「割に合わない」というのは
金銭ベースの物事の考え方
唯金論だよね

それでうまくいく人はピラミッドの頂点にうまくなれた人だけ
それはそれでおめでとう!な話だけど
俺はそっちには向いていないのに20代で気づけたから
金銭ベースじゃなくて、
「面白そう」ベース
で生きていくようになった

でも世の中面白いもんで
そうやって生きていけるようになると
意外と金銭なんて後からついてきてくれる
それもちょうど今の自分に見合った分だけ

おかげさまで、
49歳な今が一番楽しいし充実してる
関わってくれる人たち、
仕事をくれる人たち
そして何よりお客さん&リスナーたち
ありがとう!!


*****


そう、
今月、いろんな中学校高校で講義をすることになったんだけど
そういう場所で
こうしたことをうまく伝えられないかな?と思ってね

今時の中高生が
どれほど「効率」「金銭」ベースの感覚に毒されているのか?
の調査にもなるし、
こうした角度の考え方もあるよ!というのを
そんなパスを出しておくと
100人中1,2人くらいには伝わるんじゃないかな?と

そう思っての
独り言メモでした

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by jazzmaffia | 2018-07-07 02:59 | ひとりごと | Comments(0)

はい、49歳になりました!

はい49歳になりました

沢田研二と
高田文夫と
八木亜希子と
松浦亜弥と
ジョージマイケルと
カーリーサイモンと同じ誕生日で
マイケルジャクソンの命日でもあります

特に関係ないですが、数日前携帯をiPhoneに変えました
これまでAndroidだったんでね
ま、悪くはなかったけど、
そろそろ、と思って変えただけなんだけど
いやぁ、携帯の引越しって
ある種実の引越しに近いくらいのストレスがあるね
考えてみれば、現代生活においてはそれくらい
生活に密着してしまってるものってことなんだろうね

で、本題ですが
今年の頭にもつぶやきましたが、
正式に発表しておきます
2019年6月25日(火曜日)に
45fes を再び開催します!!

45歳になる時に開催した45fes
46歳になる時は「ピアノとラップピアノとダンス」なんてのも開催しました
で、47、48は休んで(もしくは他イベント出演だったりして)
今年の本日49歳の誕生日は小さく
うちの近所のFJ'sでアットホームにライブをやりつつ
来年のこの日はついに俺も50歳!!

SWING-Oが50歳になる記念
My Favorite Soul 10周年記念
45fes を開催します

80歳で未だ元気なうちの親父からメールが来て
「人生100年時代な現代において
やっと折り返しの一つ手前に来たってことだね」
という粋なことを珍しく(笑)記していた

ま、それなりな年齢の方は皆さんそうでしょう
昔は30になるのも40になるのも信じられなかった訳でしょ?
俺ももちろんそうです
49?
中年どころか壮年?熟年?初老?

ま、なんでもいいや
とりあえず「おっさん!」てことで

でも「おじさん!」はやめてね
なんか嫌なんだ
「おっさん!」の方が愛称な感じがするんだわ

はい、
な訳で、ひとまず簡易フライヤを本日作りまして、
これを会場で配る予定です!!
ヨーーーくみてくださいね

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です!
ゲストがすでに数組決まりました!!!
あっしもメンバーになったFLYING KIDS
そして同世代なMummy-D from Rhymester
そして少しだけ下な韻シスト
そしてあっしのキーボードトリオ45trio
これだけでもなかなかワクワクできる内容でしょ??
まだ予約はできませんが
みなさんの手帳にスケジュール、入れといてください

さらにさらにさらに
まだまだまだまだゲストは増えますから
みなきゃ損
俺なら見に行く!!
そんな組み合わせの夜にしますんで
来年の今日をお楽しみに!!!

*****

あ、今日の夜もスペシャルですよ

辻本 美博(カルメラ) サックス・クラリネット
http://tsujimoto.calmera.jp/
SARO タップダンサー
http://saro.jp/

の二人を迎えて
あっしは歌ったり語ったり、
グランドピアノを弾いてます

祐天寺のFJ'sで
19時オープン20時スタートです
チャージフリー&投げ銭です
お気軽にぶらりお越しくださいませ

祐天寺FJ's HP
http://fjslive.com/

Facebook イベントページ
https://www.facebook.com/events/174102069971812/


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by jazzmaffia | 2018-06-25 16:20 | ひとりごと | Comments(0)

音楽には二種類ある!!?

「音楽には二種類ある
善い音楽と悪い音楽だ」

これはジャズの大御所デュークエリントンの言葉として有名だ
そして時折引用している人を見ることがある
今でもある

でも、この言葉だけを見ると、実に曖昧な言葉でもある
「善い音楽」ってじゃあ何だ?ということがこの言葉だけではわからない

「自分(個人)にとって」善い音楽という意なのか
「絶対的な何か楽典的な基準でもあった上での」善い音楽なのか
「売れたら」善い音楽なのか

そう、言葉だけを見るといかようにも取れるし、
使い方によっていかようにも見えてくる
しかも
「かのレジェンドの言葉だよ」と付け加えれば、そこに権威が増す、かのように見える

特に音楽を作ってる側がこの言葉を引用していると
それはタチが悪いと思った方がいい
それは
自分が作ってる音楽が善い音楽だ
と強制的に思わそうとしている訳だから

そうした、
ある種のインテリジェンス的なものをチラつかせて
自らの商品なりアーティスト性を高めようとする行為は
、、、いや、大事なんだけどね
でも引用の仕方ってもうちょっとあるよねぇ
て思っちゃう

いや、そういう人をどうこう言いたくて今、文字を打ってる訳じゃないんだ

そもそも
あの
黒人としていろんな苦労と戦いながら
多くの名曲・名演を産み落としてきて
後世に多大な影響を残したレジェンドが
なぜそんな
「悪用されるかもしれない言葉を残したんだ?」
と思ったのだ

そしたら、
いるいる
同じことを思ってた人が調べた記事を見つけた
それがこれだ

「善い音楽と悪い音楽で悩む」
http://picksclicks.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-63f3.html

そう、彼はいろんな形で、評論家から責められたりしつつ戦いつつキャリアを伸ばしてきた
広範囲にわたる「専門家」や音楽評論家からの幾多の攻撃や貶めからジャズを守り続けてきた
そんなインタビューの中のワンセンテンスに過ぎなかったのだ

以下引用させていただく

*****

問題の「良い音楽」は「ジャズの行方」という「Music Journal」の1962年の別の記事に現れる。かなり長い記事の終りのあたりでデュークはこう語っている:

ご存じのように、私は音楽を分類しようとするあらゆる試みに反対してきた。だから私は未来の音楽がジャズになるかジャズにならないかとか、クラシックに統合されるかどうかとかについて語るつもりはない。

音楽には二種類ある。善い音楽とそれ以外だ。クラシックの作曲家はクラシックの分野の中で冒険をするだろうが、それが判断されるべき基準は単純にそれがどういうサウンドであるかということだけである。それが良いサウンドであればであればそれは成功であるし、そうでなければ失敗だ。制作と演奏がまっとうになされているのなら、それがホイルの法則に則っていようがいまいが、音楽家がアイディアを持っているのなら書けばいいのだ。

そしてその結果がジャズであるかどうかとか演奏の様式がどうだというふうなことは気にしないでおこう。我々が様々な方法で創造しようとしていることは音楽なのだということだけを言っておこう。

*****

簡潔に要約するならば
彼は
音楽を細かくジャンルや人種で区別していくことに反対する答えとして
「音楽には二種類ある、善い音楽とそれ以外だ」
(そう、「悪い音楽」とは彼は言っていない)
という言葉を吐いたのだ


これが言葉や名言の難しさだ
背景ごと把握しないと
後世に、都合のいい様に解釈して再利用されることが数多あるということ

俺自身はそういうことをしてないなんて全くもって言い切れないけれど
なるべく、名言格言を引用するときは
その誕生秘話など、背景を把握して使いたい
と思ってはいる

ま、
何にしても現在
この
「音楽には二種類ある〜〜」という論法自体が
使う意味がない時代な気がするね

それでも使いたくなれば
(俺にとって)
(私にとって)
をつけて引用すれば、逆に今っぽくていい言葉に見えてくる

どう?

「音楽には二種類ある、
俺にとって善い音楽とそれ以外だ」


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by jazzmaffia | 2018-06-13 02:55 | ひとりごと | Comments(0)

嗅覚味覚が発達して視覚に脳が疲れて聴覚が退化してきてる

「知性の総量というのはどの時代でも変わらない」
と村上春樹は小説の中で言っていたけど
概ね自分もそう思う
少なくとも人間が人間社会を構築し始めてからはそうだと俺も思う

例えば俺の知ってる範囲で
昔と今を比較して見てもそうだと思う

例えば嗅覚
俺が子供の頃の話
つまり30-40年前の話

自分の親はタバコを吸わないが
来客があってタバコを吸う人には灰皿を出して
思う存分吸わせていた
そして次の日に窓を開けて換気をすれば
「はい、もう大丈夫でしょ」と母親は言っていたし
俺もそう感じていた

でも今は間違いなくそうはならないだろう
「あぁ、ヤニのにおいが残っちゃってる・・・」
と俺ですら思うだろう
タバコの匂いに対しての敏感っぷりは
ここ数十年で間違いなく変わったと思う

体臭からハーブから、
嗅覚にまつわる感度は昔と今では大きく違う、気がする

例えば味覚
これも大きく違ってきている気がする

俺的に言うならば
「美味しんぼ」以前と以後で大きく変わった印象がある
美食が「ブーム」と言われてから
ちょっとした味の違いに対しての感度は
昔と今で大きく違う、気がする

もちろん揺り戻し的に
B級グルメ〜下町のソウルフード再評価な流れもあるけれど
それはまた違う角度で「美味しさ」を解析する形での再評価だしね

例えば視覚
これは感度の変化は定かじゃないが
視覚情報の処理をしなきゃいけない量が
大きく増えたと言われている

「本離れ」はよく言われるけれど
ご存知なように皆が皆スマホと四六時中向き合っている訳で
結果、「文字消費量」は「本・雑誌」時代の人よりも増えている
と言うデータを聞いたのも納得の話

ファッションに対しての敏感っぷりも
昔と今では違うだろうが
それも視覚情報処理を必要とすることな訳で
そんなこんな積み重ねで
現代人の脳みそはかなり視覚情報処理に費やされて
疲れている訳だ

そして聴覚
最初の話に戻ると
一人当たりの「知性の総量」も昔と今で大差ないとすれば
嗅覚味覚視覚に昔と比べて多くの知性を費やされている分、
一番割を食っているのが聴覚じゃないか
と俺は思っている

俺自身の体感としても
聴覚は磨けば磨くほど深まるものなんだけれど
パッと聴きよくわからなかった音楽も
なんども聴いているうちに魅力が分かってきたりするものなのだけど
視覚情報のように「パッと見」でわかりやすい情報処理を優先されて
「聴けば聴くほど」磨かれる聴覚というのは後回しになっているのではないかと

最近の音楽がつまらない
音楽が売れない
もっと音楽シーンを活性化させたい

などは音楽関係者が口を揃えて言うことだけど
「いい音楽がない」のではなく、
聴覚を大事にする感性を持つ人が減ってきている
そういう時代の捉え方も必要なのではないかと俺は思う

例えば
いい音楽を作ってるけど見た目がファッションを含めてダサダサな人
ってのは昔は売れる場合があった
音楽の一人歩きがあったからね
でも今は厳しいだろう
ファッションやタレント性も音楽の大事な要素となって久しいからね
それって視覚じゃないか!って話だけどね

そんな時代にドロップする
そんな時代のリスナーに届く「良い音楽」とは何か?
どう発信すれば良いのか?
ということはこれまでもこれからも
いろいろ考えつつ試しつつ
大事にしていきたいね
聴覚

*****

あと一つ大事な感覚を忘れていたね
触覚
これはどうなんでしょ?
昔と今でどれくらい違うのかは検証できてないけれど
俺は
大事にしてますw

そろそろ開花、ですね
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by jazzmaffia | 2018-03-23 09:37 | ひとりごと | Comments(0)

モンクの謎に浸る日々

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そう言えばなぜ俺はThelonious Monkに日に日に浸るようになったんだろう?
自らの記録に残している最初のものは
2006年のSWING-Oとして唯一リリースしたソロアルバム
"ASOBI~sex soul TOKYO"
というアルバムに
シンガーのbirdをフィーチャーした曲を入れたんだけど
そのタイトルが「モンクなし」という曲だった

これは俺が歌詞ごとトラックごと書き下ろした曲だったんだけど
だ洒落のようなタイトルだけど
「モンクなしで歩き出そう」とサビで歌う曲で
「つべこべ言わず(文句言わずに)とりあえず前に進もうよ!わたし!」
という意味と
「セロニアスモンクはもういないけれど、前に進もうよ」
なんて意味をかけて作った曲

そして曲調も、
モンクの名曲の一つ、
Misterioso(ミステリオーゾ)を真似た、
ピアノのアルペジオを中心にした
でも揺れたNeo Soul的トラックと融合させた
俺的には「古きものにリスペクトを示しつつ」「少し進んでみた」
そんな楽曲

そんな作品を残したことから察するに
俺が最初にモンクの面白さをキャッチできたのは
Misteriosoなんだろうなと
多分音源としては1958年のRiversideからリリースされた
Five Spotのライブ音源だったと思う

https://youtu.be/FXDUwQQXaMY?t=36m21s

これをどのように俺が料理したかは
廃盤ではないのにweb上に音源が存在していないので
興味ある方はCDを入手してもらうしかない
http://amzn.to/2GYVhZg
←今確認すると、タイトルのせいでアダルト商品扱いに変わってた、、、

http://tower.jp/item/2115994/遊女ASOBI~SEX SOUL TOKYO
←こちらだと大丈夫です&軽く試聴できます

***

もう一つ思い出すことがある

さらに遡ること十数年、
90年代前半の
テレビ東京通称テレ東で
素晴らしい音楽番組「モグラネグラ」というのがあって
そのホストが
UFOの松浦さんと
オリジナルラブの田島さんだったんだけど
その中でセロニアスモンクのメガネの話をしていたのだ

紹介されていたのは
"Monk's Music" 1957年 Riverside
のレコードジャケットで
この変てこなジャケットでモンクがしている、
竹のフレームのメガネのことを田島さんが
「このメガネを探してるんだ」と言っていた
その視点の面白さが強烈に印象に残った

レコードジャケットをファッションの参考にするんだ!

そしてこの、
崇高でかつ難解に聴こえる音楽のジャケなのに
風変わりだけどお洒落で
かつふざけてもいるようなジャケットも印象に残った
でもまだ当時はよく理解できなかった

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そして3,4年ほど前から
理由はよく覚えていないが
モンクのソロピアノの名作&代表作とされる
"Thelonious Himself" 1957 Riverside
を携帯に入れて、
一人で寝る時のBGMにすることにした

名作と言われても、
最初はやはり難解でよくわからない
なんならばどれも似たような感じに聴こえる
、、、というのはモンク初心者と一緒だろう

でも俺には過去にPrinceからHipHopからBluesから
いろんな「どれも同じように聴こえる」とこからスタートして
あるとき「その面白さが聴こえてきた」
という経験をしているから
その「難解」なものをなんども聴くことは苦じゃなかった

そして3,4年が経ち
昨年2017年からついに人前でモンクを弾き始めた
まずは手始めに"Ask Me Now"から


https://youtu.be/8JZ7Ws2ArXo?t=1s

この、こねくり回してる感じは
今でこそ楽典やバークリーメソッド的には解説できるのかもしれないけど
そっち側から解釈したくなかった
何度も何度も聴いているうちに
俺の耳と手がキャッチした部分からまずは弾き始めて
とにかく体に叩き込む
叩き込んだ上でやっと発生する20%ほどの自由

そう、モンク(直訳からジャズの高僧と呼ばれる)の音楽は
いわゆるジャズスタンダードとは全く違うのだ
まずテーマをやって、崩せばいいという音楽じゃない
ハーモニーやメロディの動きそのものが曲なのだ
その感じが俺の肉体的に分かってくると、すごく心地いい
(ちなみに6.25.2018にまたソロピアノライブをしますよ)

まだ俺の体の中では、モンク部屋が見つかった程度なんだけど
そんな俺のモンク感が出来ると
「あ、この解釈は違うな」「モンクならこの解釈は残念がるだろう」
というのが見えてくる
その俺の解釈が正解かどうか、がここでは大事ではない
そんな「音楽感」が出来てくるから面白いということ
(そういう意味では昨年出た某日本人女性ピアニストのモンクトリビュート作は
俺からすると、「違う」)

***

そんなこんなで
ついにモンクにしっぽりとはまってしまった2017年だったんだが
本当に俺からすると偶然で
まさか昨年2017年が
「モンク生誕100年」の年だと知ったときはビックリした

生誕100年を記念した特集本もいろいろと出ていたし
分厚い新書でオフィシャルな伝記本も出ていた
それはまだ手を出していないが

そして音源もいろいろと発掘&発表されていたのも知った
最初に出ている写真(日本人が撮影したモノクロの写真)の
"The London Collection"などは今年2018年に入ってからリリースされたもの
これは俺がすでに持っていた赤と青のジャケットの"The Man I Love"などと
内容がかぶるもので、
モンクの人生最後のスタジオレコーディング作品
1971年ロンドンでレコーディングされたコンプリート音源集もあったし、

発掘系だと、
2005年に出ていた(俺は昨年知ったんだけど)
コルトレーンとのカルテットで
カーネギーホールのライブ音源、というのもよかった
どちらかといえば劣悪なピアノを弾いている音源が多い中、
(南博さん曰く)
コンディションのいいピアノを弾いている珍しい例だとも言われる音源だった

でもピアニストの俺からすると
コンディションのせいというよりは
そもそものピアノのチョイスと
何よりモンクのバカでかくて骨太な手のせいではないかと思ってるが
そこらへんはまた調べたりしてみよう

***

モンクという魅力的な「謎」を持つピアニスト
その彼を「天才」と一言で片付けるのは怠惰だ
彼は社会的には実に偏屈で、でも彼自身はまっすぐだった
彼の人となりを把握するのも、彼のピアノを知るのに必要な要素

そんな彼を知るにうってつけの本が
「セロニアスモンクのいた風景」村上春樹 編・訳 2014年

村上春樹自身の書き下ろしも面白いけど
この本が素晴らしいのは
いろんな伝記本から雑誌記事から
モンクについて記された部分のスクラップブックの形をとっていること

名言から奇行からいろんな伝説があるモンクを
モンクと接触してきたり、モンクに気に入られたりしてきた人たちの
彼らの目線から語られるモンク像
時に時系列なり事実がずれてる場合もあるけど
それは大事なことではない
(翻訳者 村上春樹自身がそれを把握しつつ放置している)
いろんな目線から語られることで浮き上がってくるモンク像を知ると
彼は決して「天才」ではなかったことを知ることができる
少し変わった人だった、という距離感に彼を感じることができるようになる
そこがいい

この本の中で、ジョージウィーンというプロデューサーが懐古する言葉があった
「私の中ではモンクと(デューク)エリントンは、ジャズの純粋な伝統の中から出てきたという意味で似たようなものを感じている。ただ惜しむらくは、もしモンクがエリントンのように、創作の幅をどんどん広げて、自分の才能をもっと上のレベルまで持っていくようなことが出来ていたらどうなっていただろう?と夢想せずにはいられない」

確かに1950年代まではモンクも積極的だったが
60年代からどんどん固定のバンドでの演奏と
既発の楽曲の再演ツアー
という固まった活動に収束していく

そして1971年のレコーディングを最後にレコーディングから遠ざかり
単発こそ1976年に出演歴はあるが
1972年のツアーを最後にツアーも終え、
1982年の死去までほぼ引きこもりの日々を過ごすことになる
まさに人生も「収束」していく

その間に発した言葉は"No"だけだったという話は有名だが
この本の中では
「いいや、思わないね」
「いいや、弾く気はないね」
「いいや、そうしたくない」
と私にはセンテンスで答えてくれてラッキーだった
というプロデューサーの言葉も出てくる

でも、今でこそモンクを知る皆が思うだろう
その「収束」具合を含めて
「謎」の人生をそいとげたという意味において
現在のこの「モンクの謎」「モンクの魅力」が誕生しているんだと

なぜならエリントンは素晴らしいんだけど
教科書に載っているようなタイプの才人として残っているのであって
カリスマとしてではない

***

先日の話「音楽を愛しているか、愛されているか」
にかぶせるならば
彼もまた相思相愛な関係だったとは思う
ただ、ほんの少しすれ違いが出てくると
いち早くそれを察知して
フェードアウトして逝ってしまった

その関係性が実に不器用なくらいバカ正直な関係性だった
その一本気なとこが魅力なんだろうな

「ビバップの高僧」「ジャズの高僧」とはよく言ったものだ
というかMonkという名前がそのまま体を表している
そこがいい

いろんな謎がありながらキャッチー
そのバランスが今世紀のここ数年、より魅力的に見えてきた理由なんだろう

だから日本でもWonkと名乗るバンドが若手で出てきたりするんだろう
彼らはアルバムタイトル"Sphere"から彼ら自身のレーベル名"Epistroph"から
逐一モンクにまつわるものを引用しているしね

うん、いろいろと語りだしたら切りがなくなってしまった

これからもゆっくりとじわじわと
モンクの魂に触れていこうと思う
俺にとってのモンクはまだまだこれからだ

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by jazzmaffia | 2018-03-03 21:11 | ひとりごと | Comments(0)

音楽を愛してるか 音楽に愛されているか

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「俺、音楽やめたいんだ」
突然先輩が言い出した
「お前だから言ってるんだぞ」との但し書き付で

「数十年音楽をやってきたし
食わしてもらってきたし
いい思いもさせてもらったし
大好きだったんだけど
今は音楽をやるのも聴くのも楽しくない

そもそも振り返ってみるとさ
若い頃悪いことをいろいろしてたせいで
仕事をくれたのが音楽だけだったんだよな
俺にとっての土方みたいなもんだ
それを数十年も続けてきた訳だし
もういいんじゃないかな、てのが本音なんだ」

俺は言葉につまる
その日見たライブは
若手中堅を多数ゲストに迎えていたが
誰よりも輝いていて、素晴らしい歌を披露していたのが
その先輩だったからだ

誰よりも素晴らしい音楽家は
誰よりも音楽を愛している音楽家だ
、、、と俺は思っている

だが、この先輩はどういうことか
ある時から逆転してしまったんだろうか?と

本人がどれだけ「以前ほどの楽しさ、高揚感がない」と言ったとしても
以前から見ている俺からしたら
その日の歌は俺が付き合わせてもらってから
もっともいい感じの歌の一つだったというのに、、、

そこには少なくとも音楽に愛されている先輩がいた

そっか、
ある時から愛されることに疲れてきてしまったのかも知れない
実際、プライベートでも
いろんなキャリアがありつつ
今現在のパートナーとは実に仲睦まじいんだけど
先輩曰く
「初めて、俺から惚れて付き合ってるんだ、彼女は」と

愛されるよりも
愛する方を選ぶ

もちろんその加減は人それぞれだと思うけれど
人と人ならいざ知らず
音楽に「愛される」のはそうそうあるもんじゃない

その日の若手中堅を見てても
音楽を「愛している」のは痛いほど伝わってくるけれど
それ以上のものはなかった

もう少し正確に言うならば
ある種の「型にはまった愛し方」しかしていないように
俺には見えた

「音楽ってこうでしょ?」て言葉が
歌詞とは別に聞こえてきそうな歌ではあった

***

例えばPaul McCartneyは
80年代前半までは音楽に愛されていた側であり
かつ彼自身が音楽を愛してやまない
そんな相思相愛な関係を保てていたように俺には見えるし聴こえるんだけど
それ以降の彼は
その強靭な関係が破綻していく

平たく言うと、名曲を産むのはもう終わりなんだな
ヒット曲を産むのはもう終わりなんだな
と言う感じ
それまでの驚異的なスピードの余力で走ってはいるけど
もうアクセルは失ってしまった感じ

とは言え、60年代半ばから80年代半ばまで20年近くも
その密な関係が続いたのは、驚異的としか言いようがないんだけどね

そういう意味ではPharelle Williams~The Neptunesも
90-00年代前半までは良かったけれど
独特のセンスでアクセルを踏みまくってシーンを作ってきた印象があったけど
最近はもうすでにその「アクセルを失った」感じ
「音楽ってこうだろ?」感を感じる
だからNeptunesが大半のプロデュースをしてる、
Justin Timberlake新譜"Man Of The Woods"はあまり好きじゃない
正確には
好きじゃないなと思ってクレジットを調べて見て
「だからか!」と腑に落ちたって感じだけどね

***

話を戻そう
音楽を愛して愛して愛して愛してきた人で
今も愛して愛して愛してやまない人だけが
やっと時折音楽に「愛される」瞬間をキャッチできる
そういうもんだと俺は思っている

でもそれだけではないんだなと先輩を見て気づいた
音楽からの「愛され方」を知ってしまって
本人の気分的には惰性でやっているにも関わらず
まさかの音楽の方から「愛して」くると言うこともあるんだと
そして先輩はそれから逃げようとしている
まるで「音楽」と言う名のストーカーに対峙してるかのように

***

そして俺は先輩にこう言わせてもらった

「先輩がどう思っても、やめたいと思っても、自分は先輩の音楽が大好きなんです
そして先輩の奏でる音楽に感動する人間が多数いることも知ってるんです
自分は先輩自身を幸せには出来ないかもしれませんが
先輩の音楽をこの世界に響かせて人々が幸せになってもらうために
先輩をこれからも呼ぼうと思います」

そう、
本人が「いけた!」って時に最高なものが出来るとは限らないのが音楽なのだ
(絶好調だからといってオリンピック金メダルが取れるとは限らないように)
自分だけではどうにもならないのが音楽なのだ
それが、音楽にはプロデューサーが必要な理由なんだろうな

たった今、本人が満足していなくても
後から本人が気づくことだってある
間違いなくある

その人の名作、名演は他人が絡んで初めて出来るもの
その協力&後押しをするのがプロデューサーなんだと俺は思ってる
(今のご時世は本人が納得しないだけで話がストップしちゃうのがオチだろうけどね)

でもその先輩は数多のキャリアと知識があるからだろう
辞めたいモードなんだけど、若干の期待をまだ一部の音楽家に託そうとしているようだ

その証拠に
先輩からの返事はこうだった
「わかった、お前の誘いには乗るよ」



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by jazzmaffia | 2018-02-25 21:25 | ひとりごと | Comments(0)

「精神」と「肉体」どっちが先か

微妙なニュアンスだ
でも「確かに!」と思うことを
レコーディングスタジオの空き時間に手に取った、
映画監督北野武のインタビュー集に記してあった
確かこんな感じで

「精神に肉体がついて行ってない人が、
その大きくなっちゃった精神で持って肉体を殺しちゃう
つまり自殺になっちゃうんじゃないかな?
おいらはこう見えて肉体的な反応が昔からすごくいいんだ
だから精神が誇大しちゃうことなくここまで生きてきちゃった」

氏の映画はほとんど主人公が死んでしまう
北野武は映画の中で自分を殺すことで生き延びている
とも記されていたし
氏の言葉だと
「今の世の中死を意識しないようにして生きてる人が多いよね
99.9%生を意識していて、0.1%だけ死を意識してる
それじゃ生きていくのも逆に辛くないかな
死はすぐそこにあるんだよ、
おいらにとって理想は50/50かな、死と生が」
そんなニュアンスのことも言っていた

細かい言い回しが気になる人は本を手に取ってください
その正確な引用は今日はどうでもよくて、
上記のようにキャッチした俺が思うあれやこれ、のまさに「ひとりごと」
自分の頭を整理するためが半分
ついでにキャッチしてくれる人がいたらいいなというのが半分ってとこだ

かく言う俺は
精神が誇大しがちで、
肉体がなかなか追いつかない
そんなタイプだと思う
時代的にも今最も多い、今のスタンダードかもしれない

俺から見て肉体が先行する、できる人というのは
咄嗟にマジギレする人出来る人
危険を察知した時に防御の前に攻撃出来る人

その書き方だと昨今迷惑がられるタイプの人とも言えるが
俺からすると羨ましくもある
なんらかの交渉ごとであったり、制作〜ライブ現場のやり取りでも
咄嗟にズバッと言い返せる人
でもある訳だからね

その肉体性を持っていない俺は
後から思うと
「あれは怒るべきだった!」
と言うようなシチュエーションでも
「はぁ、そうですか」
くらいしか返せない

それを、家に持ち帰ってからあれやこれや後悔し始めてイライラする、寝れなくなる
そんなタイプ

でもそれをなんとか可能な限り解消したいと思って生きてきた
解消していく上で軸となったのが
俺にとってのピアノであり、セッションだったと思う

普通の言葉のやり取りだとうまく言い返せなくても
演奏に関しては咄嗟に対応出来るようになった
考える前に手が反応してくれるようになった
スポーツや球技だと大したセンスを持っていないと自負するが 笑
ピアノ演奏に関しては咄嗟の対応力に対しての自信が今はある
考えてから演奏するのではなく
演奏しながら考えることが出来るようになった
ということだ

MCなどにも言えるね
昔の俺だと如何ともしがたい感じでろくすっぽ喋れなかったのが
今は、しゃべり始めるとうまく覚醒して、
考えてからしゃべるのではなく
しゃべりながら考えることが出来るようになってきた

これは我ながら驚きだ
月日の積み重ねで
精神を追い越す肉体というのを
ピンポイントではあるものの
獲得出来るようになった
ということに

もちろんその技術自体は全くもって満足しちゃいない
昨日のイベントでもまたあれこれ悔しく思ってる点があったりする
でも、昔と比べるとその後悔するポイントが
レベルアップしてきたんじゃないかな?とは思う

そんな自分になってきたおかげだろう
20代などは自殺が頭をよぎることもよくあったんだけど
今はそういう感覚はない
あの頃は精神の一人歩きが半端なかったからだろう
ピアノもまだまだだったしね

でも「死」というものはなるべく意識するようにしている
すぐそこにある訳だからね
「死」をある程度意識できてこそ
「生」への執着が生まれる
北野武が言っていることもそういうことなんだと俺は捉えるし
俺がリスペクトする文人は大抵「死」を語る

現代文化は
「死を遠ざけようとしてきた文化だ」
そしてそれがある程度成就していくとまさかの
「生への執着が薄い人々が増えてきた」

精神と肉体を分けて考えることが出来る、
地球上で唯一(なはず)の動物、人間
だから「哲学」や「宗教」を人間は必要とした
その両者とも昨今は遠ざけられがちだ
ゆえに、昨今生じている理不尽の数々に説明がつけられないんだろうな

その「精神」と「肉体」の狭間を
もう少しうまく言葉に、音に捉えていけるようにしたいものだなと思う
音楽家として
エンターテイナーとして


*****

とうまくまとめておきましたが
実際、俺の中で結論はあるようでありません
こういうニュアンスをメモっとこうと思って記した次第です
このニュアンスをこれからも大事にしたいなという意で記しました

***

写真は昨日、横浜赤レンガ倉庫より見た
豪華客船出港のもよう

「出港」「出航」っていいよね
小さい頃から港や空港って好きなんだ
どこかに連れてってくれる場所だから、
だろうね

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PS:
と記し終わって気づいたこと
肉体性が衰えていく
精神性が誇大していく現代だからこそ
SNSが発達したのかなと?

つまり、SNS上だと、
人対人だと言い返せない、やり返せない肉体性の弱さを
ヘイトスピーチであれただのディスであれ愚痴であれ
肉体性がある自分、という感覚になれる
バーチャルな肉体性を獲得出来るからじゃないかと

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by jazzmaffia | 2018-01-26 21:37 | ひとりごと | Comments(0)

これは若い人も見て欲しい!今見ても「イカ天」はおバカですごすぎる件!!!

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おかげさまで
現在SWING-OはFlying Kidsという、
今年30周年を迎えるバンドのメンバーになった訳ですが
Flying Kidsといえば!なTBSの伝説の番組、
「いかすバンド天国」通称「イカ天」
20周年くらいのタイミングで
2007年に振り返る特集番組のYouTubeを見つけて
それを見てたらすごいのなんの、、、
、、、てことで感想や思い出を記しておこうと思った次第

その映像がこちら

https://youtu.be/VwQpWw7UBYg

まぁ、ご存知な方は
この映像を見てもらうだけで楽しめると思いますが
ご存知ない方を対象に記しておこうと思います
(&自分のメモがてら)

1989年2月から90年の12月まで
1年10ヶ月しか放送されなかった、
バンドオーディション番組なんだけど
これがきっかけでデビューしたバンドは数知れず、
1周年を迎える前の1990年1月にはなんと
武道館イベントを開催して超満員になってしまうくらい
1989年の流行語大賞に「イカ天」がなってしまうくらいの
すごい盛り上がりをした番組な訳です

さらっと紹介するだけでも
FLYING KIDS : 5週勝ち抜き初代グランドイカ天キング
BEGIN : 2代目グランドイカ天キング
たま : 3代目グランドイカ天キング
マルコシアスバンプ : 4代目グランドイカ天キング
Little Creatures : 5代目グランドイカ天キング
Blankey Jet City : 6代目グランドイカ天キング
、、、とグランドキングを並べただけでもすごいし
他にもメジャーデビューを果たしたり
役者として今有名になっている濱田マリなんかも
砂場ってバンドでこの番組に出ていたのが残っているし
イカ天で話題になったもののキングにはなれなかった、
人間椅子と言うバンドは
年月を経て今武道館でライブができるようなバンドになってたりする

上記のバンドを並べただけでも
タイプが本当にバラバラで
音楽性とキャラが立ってるものが多いのがわかるかと思う

で、今回改めて「イカ天復活祭」を見てみたら
その狂気とも言えるエネルギーに満ち溢れていた様に
本当驚いたね

メモがてら羅列しておくと
■放送初回から女性バンドが生放送中、酷評を受けてパンツを脱いじゃう事件が起きる
■Flying Kidsに限らず、初代キング「SLUT&SLASH BAND」からディスコ〜ファンク的なバンドが数多いることが今回見直してよくわかった。バニーガールな格好した女性バンド「小伝馬」も意外とブギーな曲だったしね
■森三中みたいな三人組「立ちくらみ」がセクハラ歓迎曲「チカンに会いたい!」なんて歌ってる
■アースウィンド&ファイターズ、Gueenなどの完コピバンドも出ていた
→そういえば、そんな完コピバンドが集まるフェスを見に行ったことがある、超満員だった
■マサコさんってバンドも話題だったが、バカラック曲「雨にぬれても」のコミカルな替え歌「雨にぬれてもいいや」だった
■みうらじゅんさんは「大島渚」ってバンドを結成して登場したりしていた
■「アブドゥラザブッチャーはぜひともスポーツ平和党へ」なんてバンドがやっていた曲はペンギンの着ぐるみを着てニューウェイヴな楽曲「ペンギンロック」だった
■カブキロックスの、沢田研二カバー「TOKIO」改め「お江戸」も今聴くと面白い
■びっくりするくらい、芸人か?と言うくらいイロモノなバンドが多い、ビジュアル系からコミカルなものまで
■審査員だった吉田健さんの毒舌っぷりが面白い

、、、キリがないね
何せキングになってないバンドも強烈なのばかりで
なんならたった今だったら
即デビューが決まるんじゃないの?
てバンドのオンパレード

これってお笑いブームが始まった頃の
「ボキャブラ天国」通称「ボキャ天」と一緒かもね
あ、これも天国がつくわ

ボキャ天出身で今も活躍してるお笑い芸人の数は
ハンパないからね

イカ天の方に話を戻すと
なんつうか
目立つにはどうしたらいいか!
を皆が真剣に考えていたし
一方で音楽に愛されていた人たちは最初から輝いてもいたし
みんなしてバカでもあったし
(先輩方スンマセン)

言うても自分もその世代っちゃ世代で
俺自身も出たいなとは思ってたものの
当時大学2,3年生の俺はまだ大したバンド組めてなかったからね
あのエネルギー溢れる様々な目立つ人たちをテレビで見て
悔しく思っていたことも思い出す

数年後に下北沢かどこかの広い会場で
「宮尾すすむと日本の社長」(10代目キング)
前座をすることができたこともあったな
そのバンドも今聞きなおすとファンクではあったよね
萩原健太さんの言葉を引用すると、
「軟弱な人たちがやるファンク、それが日本独特な感じがして面白い」

いいものを持っているけど
伸び悩んでるような
スランプに陥ってるような気持ちの人は
このおバカですごいバンドが凝縮している
「イカ天2007復活祭」をぜひ見て欲しいね
ある種楽にもなるだろうし
ある種気合も入るでしょう

他人がやってそうな曲をやってもつまらない
他人がやってそうな演奏をしてもつまらない
他人がやってそうな格好をしてもつまらない

そんな基本を改めて確認させてもらえる番組でした

あの頃くすぶってた俺がいて
今こうして音楽で食わしてもらってる
なんか勝手に感慨深くもなっちゃったな、、、笑


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by jazzmaffia | 2018-01-10 01:50 | ひとりごと | Comments(0)

今「資本主義経済の基本」を熱く語る人を信じるな

某経済学者がテレビで
「より少ない人数で生産性を如何に上げるか?
それが資本主義経済の基本なんです」
と熱く語ってたけど、
うん、
確かに
世の中はそういう風に<現状は>動いているし、
これまでも動いてきた
だからこそのAi開発がどんどん進んでいるわけだ、、、

でもこれは
人間にとっていいことなのか?
進化なのか?
進歩なのか???
という疑問は
今や誰しも浮かんでいるご時世でしょう

それを音楽現場に置き換えてみるとよくわかる

昔はどんな音を出すにもその楽器のスペシャリストを呼ばなくてはならなかったし、
音色を作るにも録るにもミックスをするにもレコードにするにも、
なんでもそのスペシャリストがいた
そんな大人数が関わって音源というのは出来ていた

それが今や一人でトラックを作って歌ってマスタリングして、
なんなら面白い映像もつけてネット上にアップすれば、
いきなり大ヒットしちゃうかもしれない時代だ

もちろん中には面白いものもあるけれど、
果たしてこれは「いい音楽」なんだろうか?
進化の結果としての「いい音楽のあり方」なんだろうか?

そんなセルフメイドで音楽ビジネス出来る人をマネジメントして喜ぶのは
そのエージェントと本人だけ、
言い換えれば、
ごくごく一部の人が富を効率的に獲得する
ということ
そこにあるのは「効率」であって
「いい音楽」かどうかとはまた別だよね

そんな、
「効率」を重視しすぎる傾向に
疲れた人が増えてきてる
そこをケツを叩いででも効率戦争に巻き込もうとするのは、
俺には違和感しかない
何かに洗脳された人に俺には見える
資本主義はもう限界点に来てる
というのが俺の見立てだからね

そうね、恐竜に例えるのもいいかもしれない

彼らは進化していく過程で
みるみる体を大きくしていくことで
地球の支配者となった

だが、
その体が大きくなりすぎたせいで
自らを滅ぼしてしまったではないか
(恐竜絶滅理由の一説ではありますが)

ある段階までは
彼らもまた
「やべえ!ちょっと大きくなればいいだけじゃん!
それだけで他の動物を凌駕できるなら簡単だ
うん、これからは大きいやつが勝つ時代だ!」
と考えていたはず
(少なくとも本能的には)

きっと20世紀までは
資本主義はある種正しかったと思う

ただ現在は
大きくなりすぎてしまって
どうにもこうにも行かなくなった
まるで恐竜絶滅前夜のような状態じゃないかと思う
何度でも言おう
資本主義経済はもう限界に来ている
 
ま、とはいえ東京オリンピックまでは少なくとも、
その資本主義という名の圧力が続くんでしょうな、
街中はそこもかしこも再開発だらけだしね、、、





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by jazzmaffia | 2018-01-07 20:29 | ひとりごと | Comments(0)

2018年最初のひとりごと〜2019年に向けて

2018年戌年
明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします

2017年酉年、
SWING-Oは年男だった訳ですが
そう言えばそれについて特に意識することなく
一年を終えました

毎年元旦にはこうして、
前の年を振り返りつつ
新年の目標を掲げたりしてる訳ですが
今回は少し違う形で、かつ発表させていただくことがあります!!

2019年6月25日
東京は恵比寿のイベントスペース
Liquid Roomを SWING-O名義で
押さえちゃいました!!!

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気が早いですね我ながら
でもみなさんLiquid Roomはご存知ですか?
音楽好きならばみなさん知っている箱ですが
800-1000人は入る箱なんです
そこを押さえて何しようかと言うとですね

■1
SWING-Oの50歳の誕生日イベント

■2
SWING-O主催のMy Favorite Soulの10周年イベント

をやろうと思ってる訳です

これを大きくやりたいなぁ、、、
と思ったきっかけは
リスペクトしてやまないドラマーアーティストである、
屋敷豪太さんが2012年に
50歳になられる時に
今は亡き渋谷AXにて
誕生日イベントを開催されていたんです
それが素晴らしかったんですね

内容はMute Beat、Plasticsなどなど、
伝説のバンドでGotaさんもメンバーだったものが中心ではありましたが
何せ
「1ミュージシャンが、
自身の誕生日イベントを
1000人規模で主催する」
と言う行為そのものに感銘を受けました

でもすでにレジェンドでもあったGotaさんと比べ
自分はかなりアングラレベルな訳でして、
それでもやりたいなと思うならば、
相当前から箱を押さえて
早めのプロモーションを仕掛けて行けば
ひょっとしたらどうにかなるのではないか?

そんな訳で、いろんな方に相談しつつ
まず箱だけ押さえちゃいました!!

内容はぶっちゃけ、これからです
あ、決めているのが一つだけあります
FLYING KIDSです

他はいろいろね、
俺がサポートしてる人からプロデュースしてる人から
俺が推したい人から
色んなのを出すフェス的にしたいとは思ってますが
50人以上に出演いただいた、
#45fes とは違って
ある種少しぎゅっと凝縮したエンターテイメントにしたい
とは思ってます

なので
これから徐々に
&しつこく
1年半かけて
6.25.2019に向かっていこう

というのが2018年元旦の俺の宣言なのであります

バカでしょ?
そうです
音楽バカです
エンタメバカです

テレビ的な伝説を作るつもりはありません
1ミュージシャン/プロデューサーができることを
これから益々極めていきたい
&音楽をやることに対しての夢を与えられるようなことを
しでかしたいなと思っている訳です

金銭的な夢ではありません
ビジネス的な夢ではありません
音楽的な夢です

音楽的な夢を膨らませられる
そんな2018年を頑張って過ごしつつ
2019年に向かおうと思います!!

すでに興味を持っていただいた方は
6.25.2019
平日火曜日です
空けておいてね

大好きな
MiguelとJhene Aikoの新譜を聞きながら過ごす元旦の夜です♪♪♪


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by jazzmaffia | 2018-01-01 19:23 | ひとりごと | Comments(0)