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カテゴリ:ひとりごと( 162 )

「自由」と「孤独」はセットです

何かにつけて
「自分らしく」「あるがままの私」
そして
「自由」
という言葉がSNS上でも目につく今日この頃

いろんな「しがらみ」からの脱出
面倒な人間関係は削除して
自分らしく生きていこう
自分にしかできないことがあるんだから
、、、てことなんだろう
そうした類の言葉が巷には溢れているし
そういう目線の広告もそこらじゅうで目につく

かく言う俺自身もある種、そういう人生を送ってきた
本当なら、学校生活、会社員生活をうまく生きていける方がよかった
俺なりにはチャレンジもしてきたが、無理だった
誰かとつるむ生活がどうしてもできなかった、
友達ができなかった、
楽しめなかった
そして諦めた

その代わりに選んだのが、
バイトしながらでも音楽を続ける生活
特定の人とずっとつるまなくてもいい生活
ある種「自由」な生活

もちろんそこには大きなリスクが伴う
誰ともつるまないということは
「孤独」から免れられない
と言うこと

つまりそこには気軽に「死」も歩み寄ってくる
だから俺もいろいろ考えてきたし
自分で考えるだけじゃろくなオチにならないから
沢山の本を読んできた
一人で行ける行きつけのバーも作ってきた

そう、自分なりにその「孤独」の解消方法を見つける努力は惜しまなかった
そして身体感覚で「学ぶ」ことを少しだけど理解した
だから、おかげさまで辛いことよりも、少しだけ楽しいことが上回る、
そんな人生をここ20年は生きてこれている

いやね、言いたかったのは
「ラブ&ピース」「平和」「戦争のない世の中」
そして「自由」
どれも皆が口にする、ある種
「誰も否定できない絶対正解とされる言葉」
って怖いなぁ、、、てこと

それらはあまりにポップになってしまったがために
発言した時点で、行動を誘発しない言葉になってしまった
そこには必ず裏の側面があるし、ドロドロしたものが底流してる
そこごと受け止めないといけないんだけど

SNSな現代は、そんな面倒な「もう一歩先」まで考えてられない時代
とりあえず「ピース」
そして「自由」
そんな言葉たちが生み出した、「孤独な現実」
「自由」と言う同調圧力が生み出す「強制的な孤独」

ある程度大人になった俺が伝えておきたいのは
今あなたがいる不自由な現実
それを受け止める寛大さも素敵なことじゃないかな?
不器用だからかもしれないけれど
それを続けられるのも、世の中の役に立っていること、かもしれないんだ
自分を責めなくてもいいかもしれないんだ

なんでもかんでも
不都合な現実に対して
敵を特定して、自分を被害者に見立てる
あの形は俺はポジティブに思えない
それは、何かと戦争ビジネスでクリアしようとする、
あの病んでいるアメリカと同じ発想だから
 
日本人が大家族で暮らしていたのはまだ70,80年前の話
その頃のことを肌では知らないけれど
その頃はどう想像しても「しがらみ」だらけの生活だ
でもその代わり「孤独」と言うものは存在しなかった

事実、
「自由」と言う言葉も
「孤独」と言う言葉も
明治維新以後の、欧米の言葉の訳語として日本で使われるようになった、
まだ新しい言葉なんだってさ

決して「あの頃がよかった」
と言いたいわけじゃないし
あの頃の人たちの動きを俺ができる訳もない
ただただ思うのは

やみくもな「自由」は
やみくもな「孤独」とセットで
俺たちの前に現れる

気をつけようね
、、、と思う終戦記念日

*********

一つ付け加えると
この「終戦記念日」というのも複雑な問題をはらんでいる

8月15日はあくまで日本が休戦宣言をした日であって、
いわゆる「終戦」とは、その降伏宣言を元に
ポツダム宣言に調印した9月2日こそが「終戦日」なのだ

だから
中国や韓国などでは今日ではなく
9月2日に日本への戦勝記念日としての式典などがあったりするという

「戦争のない世界でありますように」と本日つぶやく人は多々いるだろうけど
ある国からすると、その当然のようなピースな言葉に
ある種の棘を感じてしまう場合もあるという事実

やみくも
不勉強
正確には
不伝達の怖さ、だね

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by jazzmaffia | 2019-08-15 13:53 | ひとりごと | Comments(0)

ゴミ溜めを見て、いつも思うことがある

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街角に限らず、田舎の国道沿いなどにもよくある、ゴミ溜め
ゴミ溜めを見ると、いつも思うことがある

きっとどんなゴミ溜めも最初は一人の気まぐれ、
なんなら偶然から始まったはず
「ただ落としてしまっただけ」とか
「とりあえず置いておこう、後でちゃんと捨てるから」だったかもしれない

ところがそこにゴミがあるのを見た第三者は
一つあるのも二つあるのも同じ
二つあるのも三つあるのも同じ
、、、、
数十個もあるなら、一つ増えても変わらないだろう
捨てちゃえ!

そうやって、
ちょっとしたゴミの積み重ねが
ゴミ溜めとして完成する

今俺らの周囲にたくさんある、
居心地の悪いあれやこれは
先輩方がきっかけだったかもしれないが
確実に我々もそれに加担して今に至ったゴミ溜めなんだなぁ、と
(無視、見て見ぬ振りも立派な「加担」です)

残虐な殺人事件が如何の斯うの
芸人の闇営業どうのこうの、
政治家がどうのこうの、
年金が、税金が、借金がどうのこうの、、、
そしてそれを報道するメディア自体の腐敗っぷり、、、

それらを見て俺が感じるのはそのゴミ溜め感
今やどう対処していいかわからないほどのゴミ溜め
でも俺も確実に大なり小なりそこにゴミを投じたことがある側

今必要なのは
誰も気づいてくれないかもしれないけれど
そこにある小さなゴミを人知れず拾う勇気
、、、と内田樹氏も言っていたが

いざ実践を考えると、
それはインスタなどの「映え」の対極にある行為
しかもなんならゴミを拾おうとしたのを他人に見られたら
「お前か!ここにゴミを捨てたのは!」と言われる可能性もある
、、、
で、結局分かっちゃいても、見て見ぬ振りをすることを選ぶ、俺がいたりする

夢を語り、
シェイプアップして
でも美味しそうな肉やタピオカを食べて
映画やフェスを見に行って
友達と旅に出る
、、、てのも一つの大事なことだけれど
(それは「映える」)

そこにある、どうしようもないゴミ溜めを
人知れず、少しずつでも拾おうとする勇気
そんな勇気を少しずつでも持てたらいいなぁ、、、
と思いつつ、渋谷のゴミ溜めを通り過ぎてしまう俺でした

でも
7月21日の参院選挙は投票に行きます
それも小さな、
たった一票なんて
人知れずの、「映えない」ゴミ拾いにすぎないかもしれないけれど
それが集まれば
いくつもあるゴミ溜めのうちの一つを無くすことができるかもしれない
、、、という希望とともに

by jazzmaffia | 2019-07-10 02:26 | ひとりごと | Comments(0)

「平成」はどんな時代だったんだろう?「令和」はどんな時代になるんだろう?

あと1時間で令和になってしまう、、、
、、、って気分にやっぱり、なるよね?
今宵の渋谷とかカウントダウンとか行われるんだろうか?
テレビはどうせ見なくても「平成とは!」ってな特集やってるだろう
そして視聴率争いをやっているだろう

何にせよ一年と言う単位よりは大きいくくり
一つの元号「平成」が30年と4ヶ月を経て、終わる、夜
俺の20〜40代の30年間の平成時代を振り返り、
自分なりに整理しておいてもいいだろう

平成17年の俺の写真を配置しつつ、
(変わらないっちゃ変わらないね、この時の俺は37歳)
俺にとって、と言うよりは
俺から見た「平成とは?」を振り返っておこうじゃないか

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【SWING-Oの平成史】
ここはメモがてら、なるべく駆け足で駈けぬけとこう
●1989年(平成元年)は千葉大学2年生になる年、千葉は稲毛の四畳半の自宅で迎えた平成
 工学部電気電子工学科で単位を着実に取りながらも、本気なのは「POPS研究会」と言うバンドサークル
 そして先輩バンドの「神童クラブ」ってバンド活動

●1991年(平成3年)の秋頃(俺は大学四年生)サークルの先輩でSONYに就職していた人から
「これこれこういうバンドがKyoon Sonyにいて、
キーボードのオーディションが近々あるんだけど、誰かオススメのキーボードいるかい?」
と連絡がきた。もちろん「俺、それ受けていいですか?」と返答、オーディションも合格する
そのバンドはPalladium、結果デビューには至らないものの、
西岡ヒデローや宇田川寅蔵とはこの時からの交流となる

●オーディションに受かった!と言う事実だけで、
俺の中で「ミュージシャンになる!」と言う意識が固まり、
あと卒論だけ、まで単位をとっていたのに、大学を中退することを決意
22歳にして初めての、遅れてきた反抗期 笑

●その後90年代はポニーキャニオンの「熱風音楽市場 魅惑の東京サロン」のメンバーになったり
(そのバンドは、ジャマイカレコーディングの一ヶ月前にクビになる)
いろいろバンド活動を続けつつも、基本はバイト生活
ブレイク前のLe Coupleなどのサポートをしたことも

●1999年-2002年(平成11-14年)あたりは、今は亡き Tessin(vocal&guitar)とバンドを組み、
中央線沿線での活動を中心に頑張っていた。毎週金曜日サンロード前でストリートも。
バンド名は「テッシンと彼のピンハネファイブ」「パッキャマラドスウィンガーズ」など
この頃に仲良くなったベースのDai Itoとは現在も時々ライブをやっている

●2001年から(俺が30歳を過ぎてから) 渋谷のクラブThe Roomの常連になり
そこで出会ったボーカルのKimとizanamiを結成
この活動でリリースしたEP2枚が元で俺の音楽人生が大きく動き出す

●2005年(平成17年)izanami解散、そしてソロ活動を決意
2006年(平成18年)にSWING-O名義で"ASOBI~sex soul tokyo"をリリース
上の写真はその頃のだね

●そこらへんから現在に至るまでは、ソロでの積極的なリリースをしつつ、サポート活動もしつつ
時折バンドを結成したり加入したり、リリースしたりしながらの活動ですね
(Dezille Brothers、キムウリョンと45トリオ 
そして現在はFlying Kids)

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Flying Kidsといえば
平成名物テレビ「イカすバンド天国」通称イカ天
初代グランドチャンピオン、からのデビュー
と言うキャリアなので、
もちろん俺も見てた側なので
上記の「神童クラブ」ってバンドをやってた頃は
すごく羨ましく、かつ「すげぇなぁーーー」って思っていたバンドなので
めぐりめぐってそんなバンドに加入して
しかも曲を書いたりまで出来てる自分がいる!
と思うと感慨深いですねぇ

写真は先日4月28日の、個人的にも平成最後のライブがFlying Kidsだった訳で
その感慨もひとしおでしたw

***********

すでに長文ですね、、、汗
で、本当に書きたかったのはこちらです
頑張って読んでみてくださいw

【SWING-Oから見た平成時代とは?】
●俺の世代もしくはそれ以上の世代にとっては、生活をする上では激動の時代でした
何せレコードやカセットの少年時代から始まり、MDやレーザーディスク、CD、DVDの時代を経て
今や何から何までインターネットから享受する時代に変わったわけですから

そんな、
誰もが平等に情報を手に入れられる、と言う名目の
「グローバリズム」の流れがもたらしたものってなんだろう?
ある種の便利さは俺自身も好む好まざるに関わらず享受しちゃってますが、
それによってもたらされたすごく残念と言うか、厳しい状況も多々あります

■なんでも金勘定(マネタイズ)できるようになった
→一般市民もマーケティング的な考え方をするようになった
もっと噛み砕いて言うならば
How To本などの流行、横行により、
より「回り道」「遠回り」をしないことが美学となった
と言う側面がありますね

SNSなどの一般化によって、
「いいね」の数、フォロワーの数、
個人が発信できるようになった、という側面は素晴らしいと思いますが
同時に、
すべての発信情報の価値を数値化してしまう
すべてを金勘定できるようになってしまった印象があります

挙句の果てに最近の学生は小学生ですら
「先生、これを勉強して将来なんの役に立つのですか?」
と質問しちゃうらしいですから
なんでも費用対効果的な考え方をする、
そんな大人の影響をもろに子供も受けてるわけです

「時は金なり」なんて
当初は俺もウンウンと思ってたけど
最悪な標語だなと今なら思います
だって、時間ですらも金換算しちゃおうって考え方とも言えるわけでね
人生を時給で捉えるのか?と

そうこうしてるうちに子供達の間では、
音楽よりもなんならダンスの方が盛り上がっている側面があるのは
ある程度までなら、
楽器演奏技術を習得するよりもダンスの方が簡単に、
かつ分かりやすく
他人から「すごい!」「カッコいい!」という評価をもらえるから
だと俺は思います

さらにWiki〜How To的なサイトの定番化により、
わからない問題にぶち当たった時に
携帯をみればすぐそれなりな答えを見つけることができる
と言うことの便利さと表裏一体の危険性も感じずにはいれない今日この頃です

だってその答えは、あくまで、他人が出した答えであって
「とりあえずこれを正しいとしておきましょう」という共有財産的なものにすぎなくて、
自分に合う、自分が体得できるタイプの答えかどうか?
というのは結局のところ時間をかけないと見つからないもの、体に入ってこないもの
、、、というのは散々遠回りをしてきた俺だから言えることですかね

俺は音楽キャリアとしては遠回りな人生ですが、
俺個人としては、その遠回りキャリアに感謝せずにはおれないです、今は



■文化・エンターテイメントの幼児化
これはこのblogでも言ってきたし
菊地成孔さんが「アフロディズニー」などでより、詳しく語られてますが
上記の「なんでも金勘定」社会がもたらしたことですね

なんでも数値化できるということに、音楽界はどう影響を受けたか?

1)オーケストラを使ったり、海外のスタジオやミュージシャンを使うなど、
予算を沢山かけて作ったものが1万枚売れた

2)打ち込みとボーカルだけのものを、プロデューサーの自宅で完パケしたものが
同じく1万枚売れた

、、、とした場合、レコード会社も事務所も積極的に2を選んできたんです
だってどう考えても2の方が利益率が高いですから
質より利益率が大事な時代に突入していきます
打ち込みの流行・浸透により、超低予算で作品が作れるようになったことで
利益率が飛躍的に上昇したこの時代
結果作品の乱発にもつながります

マーケティング、という言葉及び概念が巷にまで普及した平成時代でもあります
いろんな経費を削って削って(リストラ含む)
消費者の顔色を伺って
結果利益にさえつながれば、それが正解とされる考え方
、、、と俺は捉えてますが
その「マーケティング」という名目の横行・乱用によっても
没個性的な音楽作品の乱発にもなりました
「子供でもわかる音楽」=「売れる音楽」=「いい音楽」
と言う図式を説明されたことがあの頃何度あったことか、、、

そして
作品は非個性的だけど、その代わりタレント性さえあれば生きていける
そんな、ビジュアルも足してやっと「個性」が完成する
と言う音楽アーティストのあり方が標準となる

それが平成の30年間が生み出した音楽シーン、エンタメシーンだと思うんです
(注:もちろん中には面白いものも生まれてることは付記しておきます)

、、、そんな中、自分がわかる範囲だと
舞台芸術とされるものは
経費を削ると作品そのものが完成しないという側面があるおかげか
その「深み」が残されている数少ないエンタメ芸術だと思います


■音程の音楽→音質の音楽→?
平成の初頭はまだメロディーがいいものが売れる、という感じがありましたが
クラブミュージック〜Hip hopなどのサンプリングミュージックの世界的流行とともに
音質の音楽に変わっていった印象があります

だって当初俺はMary J.BligeやErykah Badu、D'angeloとかですら良さがわからなかったです
90年代は個人的には70年代音楽をDigる日々であったせいでもあるでしょう
70年代はメロディであり、コード進行であり、楽器のアンサンブルで音楽ができていて
その中で独特なもの面白いもの美しいものが売れてきた、名盤とされた時代
それと同時に、90年代当時流行っているものを聞いた時に、どうしてもこう思わずにいれませんでした
「これ、メロディじゃないね、フレーズだね
今流行る音楽はフレーズの音楽なんだ!」
と当時思ったことを思い出します

それでもどんどんHip HopやR&Bを聞いていくうちに魅力を発見しました
「あ、これはこのトラックの音質とグルーヴも込みで一つの作品なんだ!」
「音質とグルーヴとフレーズの音楽なんだ!」

2010年代にアングラを席巻し、今のメジャー音楽にも少なからず影響を与えた
DUP STEPと呼ばれる音楽を聞いた時にはこう思いました
「ついに音質とグルーヴだけで完成となる音楽が出てきたんだな」

そして平成が終わる今、令和に向かうこれからはどうなっていくのか?
良くも悪くも今はシーンが多岐に渡るようになり
サブスクリプション(Apple Music、Spotifyなど)で発信すれば世界中に届く時代
と言うことで、いろいろ可能性が広がってきた側面もあります
そこには期待しつつ、自分もそこに享受できるように頑張っていこうとは思ってますが、
今の時代の音楽の方向性を言葉にするなら
「マーケティングセンスのある人たちがやる、音質ベースの音楽
「ライブがとにかく圧巻なライブエンタメアーティスト」
「YouTubeなどの映像・タレント性先行の、音楽はなんでもあり」
あたりの3本柱て感じですかね

歌詞・ラップに関しては触れませんでしたが、
それはまた追い追い、、、笑


**********

分析的にいろいろ記してきましたが
個人的には有意義な平成の30年間でしたけど
時代読み的には、
グローバリズムと言う名の、人間の画一化が進んだ時代
だったなぁと思いますね

多様性があって当たり前の人間を、
一つのライフスタイル、一つの型にはめていく動きとも言えるわけで
日々ビジネスベースな社会のあり方には
悲観的に思わざるを得ない印象があります

俺がストレスからの脱出のために
日に日に読書に没頭していくのに対し、
時代はその逆を行ってますよね?
いわゆる反知性主義ってヤツです
「学ぶ」ことを積極的にしている人の減少は若い子達を見てても思っちゃいますね
逆に言うと大人も変わらないですけど、、、
とりあえず
「ウケた者勝ち」「その場を言い負かせられれば勝ち」
くらいしか価値観がない人が多いですからねぇ
嫌になったらすぐ転職できるし、、、
ある種かわいそうに思っちゃうくらい、打たれ弱いし、、、

でもその
悲観的な側面をちゃんと見ておかないと
これからの希望は生み出せないんじゃないか?
そう思って、膿を出すために記しておきました

何せ日本であれ他の海外諸国であれ
アメリカに振り回され他、今も振り回されているここ30年ですが
アメリカが広めた「マイホーム」そして「インターネット」「携帯電話」
それらをひっくるめて「アメリカンドリーム」
と言う形のグローバリズムに対して
いずれも日本においては臨界点を感じずにはおれません

俺個人の希望は
アメリカ追従型から脱して
(既に日本の30代以下の人たちは脱しつつある気がします
アメリカで何が流行ってるかを気にする人の減少がその証です)
次なるモードに日本がなっていくことで
これからの令和の時代の色が出てくる気がしてます

それこそ中国、韓国、北朝鮮、台湾
この近隣諸国との交流の仕方が大きく変わっていく、、、
それもたった今から想像できないぐらい密な関係になっていくこともあるのでは?、、、
そんな気がします
明治維新以前のもともとはそうなんですからね

既に音楽を始めとする文化交流は進んでますしね
TVやメジャーなメディアでは取り上げられませんが
そういう動きがあるのは確かです

この先どうなるにしても
いろいろ大変なこともたくさんあるでしょう
いいこと楽しいこともたくさんあるでしょう
その両方をちゃんと噛み砕いて自分の言葉にできるように
甘いものも苦いものもどちらも、
清濁併せ呑むような強さこそが、
これから必要なことだと俺は思ってます

***********

長々と振り返って来ましたが
平成の日本は国としては戦争もなく、平和だったかもしれませんが
テロはありましたし、自然災害も多々ありましたし、
一人間としては目まぐるしくいろんなものに振り回された時代だったとも言えます
令和の時代はどうなっていくのか
どうしていけばいいのか?
やはりAiがさらにそこらじゅうに使われる社会になるのか??

いろんな不安と希望を胸に
新元号を迎えようと思います

良き令和時代でありますように







by jazzmaffia | 2019-04-30 23:20 | ひとりごと | Comments(0)

イチローの引退記者会見

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本日2019年3月21日の
東京ドームで開催されたメジャー開幕第二戦
マリナーズxアスレチックス戦でもって
イチローが引退した

彼の発する言葉は
いつも吟味された「彼自身の言葉」なのは
以前から評判でもあったし
俺も時々目に耳にしていたから
引退記者会見ともなると
その言葉を沢山聞けるだろう、と思ってたら
やはり予想通りでした

よりによって延長11回まで伸びて夜11時に試合終了
ファンの大歓声に呼ばれる形で11:30頃に再び球場に顔を出し
本日がメジャー初登板だった菊池雄星の会見を挟んで
12時前から始まり、
なんと1時半まで90分も行われた
記者会見をまるまる見てしまいました

以下メモっておきたい言葉を
思い出しながら記しておきます
あくまで俺がキャッチしたニュアンスのメモです

■50歳まで現役!と言ってましたが45歳のこのタイミングの引退について
「50歳まで現役」というのを本気で思って、本気で口にしていたから
ここまでやってこれたんだと思うんです
→これ、キュンときましたわ
そう、限界に挑戦する側って、そういうことよね
「50までって言ってたじゃないですか!」
って視点でついレポーターが質問しちゃいがちなのも分かるけど、、、

■努力、頑張ることについて
「他人より頑張った」とは全く思わない
我慢できない性格ですし
自分ができることをコツコツと続けて、ちょっとずつ進んできたら
ある時いい場所まで来れたという感覚です

→すごく共感、比較するのはおこがましいけれど、
俺が音楽で今食っていけてる、と言うポジションへの道は
まさにそんな日々の積み重ね
イチローが「とにかく野球が好き」なように
俺も「とにかく音楽好き」だからね

■子供たちに伝えたいこと
野球じゃなくてもいいんです、自分が夢中になれることを見つけて欲しい
「成功できそう」だからやる「失敗しそう」だからやめる
と言う発想だと後悔しちゃうと思うんです
好きなこと夢中になっちゃったことをとことんやればいい
それなら後悔しないでしょうから
後悔するのは嫌でしょ?

→この類の話をなんどもしてたね
打算、計算じゃなくて
気持ちでぶつかっていくことの大切さ
そして、後退していく、諦めたことも多数あったことも告白していた
彼の言葉は本当リアリティに溢れていたね



■「最近の野球は19年前メジャーに行った時とは全く変わってしまいました。
全く頭を使う野球じゃなくなっちゃったんです。本来野球は頭を使わなきゃいけないものですから」
これを言うとちょっとまずいかな?と言葉を選びながら言っていた

→そこまで野球を真剣に見てきてないから分からなかったけど
野球の世界でも
「頭を使ってた時代」→「頭を使わない時代」
に変わってしまったんだね?
野球の世界でもイチローの視点からすると反知性主義的な時代になってしまったんだと知って
どの世界でもそうなんだなぁ、、、と

******

他にもいろいろいい言葉があったな
でも何より印象に残ったのは、
彼の言葉選びの佇まいが素晴らしいこと

質問に対して
ちゃんと自分に問い合わせてから
自分が納得する言葉を選んで答える感じが素晴らしい

彼のような人を相手にしていると
質問者のセンスがあらわになるから面白い
すでに答えたのにまた同じ質問をしちゃう人がいたりもしたしね
質問者が、
ジャーナリスト〜レポーター側が
実は言葉を大事にしていない場合が多い
という事実を
あぶり出しちゃうんだよね

いやぁ、、、見入っちゃった90分でした

ひとまずは
イチロー
28年間のプロ野球生活
お疲れ様でしたw


by jazzmaffia | 2019-03-22 02:01 | ひとりごと | Comments(0)

「自分らしく」「本当の自分」って??

書き留めておきたいことがいろいろあって
できればいろんな人に読んで欲しいけれど
でも万人が受ける内容でもないし
中には反感を持つ人もいるだろう、、、
ということを書く場所として
やはりSNSよりblogぐらいがちょうどいいなと思う今日この頃

以前も書いたことがある、気がするが
もう一度今の自分が言葉にすると違うかもしれない
と思って記す

*****

「自分らしく」「本当の自分」
という言葉の薄っぺらさ
そして影響力の強さ

昨今、ていうか俺が生きてきた中では
ほぼそこらじゅうでつぶやかれ、
記事や広告で使われてきた言葉だね

これらの言葉には
「ここではない、どこか」
と同じくらいの薄っぺらさを
今の俺は感じるんだけれど
まだ不勉強だった頃は、すごくこれらの言葉には惹かれたし
周囲からのアドバイスや説教の中でもたくさん聴かされた言葉だ

今日は「自分」について思うことを記しておきたいだけなんだが
「自分らしさ」という概念を
=生まれながらに持っている自分=本来の自分
みたいに言われがちなことに対しての疑問を
それなりに勉強してきた俺、50歳を今年迎える俺は感じるね、それも身体的に

そもそも俺、SWING-O自身の個性ってなんだ?
俺ってどんな人だ?どんな音楽家だ?
と言ったことを振り返ってみるとなお、その疑問は強くなる

なぜなら
元々プロのミュージシャンになりたかったわけじゃないし
増してや黒い音楽〜ソウルミュージックをしたかったわけでもない
いろんな偶然の積み重ねと言うと説明を簡略化させすぎかもしれないが

幼い頃から貯めたストレスとそれを解消しようとする俺
でも解消しようとすればするほど解消できない悪循環に入り
社会が用意してくれる「進学〜就職〜終身雇用」というルーティンに
乗っかってもこのストレスが解消できないことを20歳の頃に直感したので
レールに乗らない道を選んだ

そんな「強い意志」なんてない
強くある意志は「ルーティンに乗らないでも生きていけるように」頑張りたい
という意志だ

でもそんなことを言っても今の世の中ではポップではない
仕事を獲得していく上でも有益な内容ではない
だから俺は人に聞かれた時のために
「黒い音楽は任せてくれ」
「黒い音楽を日本に浸透させるために頑張ってるんだ」
みたいなポップな言葉に敢えて変換しているだけだ
その根底はただ
「ルーティンに乗らないで生きていきたいから」
に過ぎないのだ

*****

あと俺の中に強くあるのは
「始原の遅れ」という感覚だ

これは本来は
人間が生まれた時には
例えば俺の年齢ならば
生まれた時にすでに言葉はある、電車がある、新聞雑誌テレビなどのメディアがある、、、
などなど、すでに存在するものが数多あり
何も知らない赤子から徐々に、
まずは「すでに存在するもの」に追いつけるように頑張るしかない
という事実について指す

そして俺の場合はさらに
「クラスメートからの遅れ」
音楽で食っていけるようになったのが30過ぎからだから
「音楽業界の中での遅れ」
を感じながら、必死に追いつけ追い越せと生きてきたし
たった今も「遅れ」をいろいろキャッチしながら、ある種ビクビク生きている

ポップに換言するならば
俺は「嫉妬深い」ということかもしれない
「あいつ、うまくやりやがって」
「あいつ、羨ましいなぁ、、、」
その感じを常に俺は持っている

そして敢えて自分を褒めてあげるならば
俺は常に
「頭のいい人」「生き方の上手な人」「腕の立つ人」を
時代を問わず羨ましがる目線を持っている
そんな彼らに始原の遅れを感じている
「こんなんじゃだめだ俺」と

そんなコンプレックス的なものをキープできてるから、
いい年こいた後も少しは成長してこれたし
なんならこれからも少しは成長できるんじゃないかなと思っている

*****

そんな俺からしたら
「自分らしく」「本来の自分」
なんて考え方はちゃんちゃらおかしい
ていうか、そんなに自分に自信が持てるものか?と
本来も何もあったものじゃないよねと

その言葉にあるのは自己肯定
いやそれはそれである程度は必要なことだけれど
「俺ってこうなんだ」「私はこうだ」と
欧米的にハッキリ主張することって
たった今の社会において優遇されるし
「格好いい」とされるのはわかるけど
それは
自己肯定のようで自己限定でもある、
という事実が見逃されがちだ

俺が大事なことだと思っているのは
「自分」と言う人間が社会に置いてどういう人間か?
どういう人間であるべきか?
と言うのは
あくまで社会の中で決まることであって
自分一人で決めれることではないんだ、

一人で山にこもって新しい自分を発見したと言う人がいても
山から降りて、その前にいたコミュニティに戻ってきたら
また元の自分に戻されてしまう、か、省られるだけだ

同窓会がいい例かもね
どれだけ昔とキャラが変わった、見てくれが変わって、
昔と違う自分になっていたとしても
1時間も立つと結局昔のクラスメートの関係性に戻ってしまうでしょ?

本来複雑なことを、言葉にしづらいことを
一つのシンプルな結論に持っていくのは
ビジネスに置いては必要なことだというのは重々承知だけれど
気をつけないと、その人の可能性をむしろ縮めることになるし
違う意味で圧力、ストレスを与えることにもなる

じゃあ
あるがままの自分
か?

これまたポップだけどなぁ
これも
そんな強く生きていけるか?と俺は思っちゃうな
ま、
人を一瞬楽にしてあげられる言葉
としては利用価値は認めるけどね
そもそも「あるがまま」ってなんなん?
って関西弁的に突っ込みたくなるのが本音

俺自身の日常の感覚は
「もっと俺はこれくらいできるようになるはず!」
「俺に足りないのはなんだ?」
って感じだね
常に自分に満足しない
ま、年齢とともに、半分くらいは満足する自分になってきた、気がするけれど
半分以上満足できそうになると必ずうまくいかない事があったりして
結果不満足な自分に戻る
そんな49年間だね

神様は俺に優しい、、、と結果今なら思える
昔はなんで俺ばっか???と
被害者意識があったけどね
今は「あぁまた試練を与えてくれたんですね?」と言う形でキャッチできる
悩むことは辛くもあるけれど
具体的にすれば意外と楽になる
いろいろ経験してくる&勉強してると
まぁ俺の悩みなんてちっぽけだってことにも気づけるしね

俺のように
始原の遅れを感じつつ生きる
周囲にも遅れを感じながら生きる
っていうのは
たった今、皆に勧められるものではないけれど
すごく学び甲斐のある感覚にはなる
実際、悩みは常にあっても
違うスケールの悩みに変化進化深化していく
羨む知性のある人の意見をキャッチして吸収していける感覚になる

もっと楽に生きようよ
だって?

いや
苦労するくらいがいいんじゃないかな?
その都度精一杯あがいてる方がいいんじゃないかな?
振り返った時に3分はニヤつけるよ 笑

ってのが俺、だな

*****

長い自問自答、自己確認でした
ここまで読んでくれて、
かつ響く人が二人くらいいると、幸いですw


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写真:2014年10月の茨城は結城市のイベントにてソロピアノ演奏中の俺

by jazzmaffia | 2019-03-14 01:59 | ひとりごと | Comments(0)

ミュージシャンにも色んなタイプがいる

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「ミュージシャン」
と一言で言っても実に色んなタイプがいる
先日参戦した、平岡恵子率いる #海の底バンド のイベント TheCircle #1などは
俺が思うミュージシャンズミュージシャンの溜まり場だった
各々が楽器一つ一つ、エフェクターやアンプからケーブルまで
とにかく厳選して、かつ持参してくる人たちの溜まり場だった
まさに「音質追求型」ミュージシャンたち

そんな方々の演奏は
音質とセットで発生するものになる
もちろんテクニックはみなさん素晴らしいものがあるんだけど
どの楽器でも演奏するよって人たちじゃないってこと
例えば「名越由貴夫さんが来るよ」といえば
あの膨大なエフェクターごといらっしゃって
初めて「名越由貴夫さんが来た!」となる
(もちろんセッション的な場で飛び入りを強制されたらアンプ直でも弾かれるでしょうけど)

先日の上記イベントにおけるキーボーディストたちも
まさにそんな「音質追求型ミュージシャン」たち
この写真を見るだけでもわかるよね?

まずこちらが五十嵐慎一氏
上に乗ってるクラビは
弦ごと張り替えて、アームまでつけたと言う代物
サウンドチェックで弾いてたSlyの"Smilin'"がもう「あの音」になってて
めっちゃ気持ちよかった!
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そしてこちらが細見魚氏のセット
ハモンドはもちろんレスリースピーカーに繋がれているし
Wurlitzerには様々なエフェクターが繋がれていて
歪み系のがまたえげつなくて格好いい音していたな
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そんな中、
そんな強烈なキーボーディストがいる中、
俺は何かというと、最初の写真の通り、DJ&MC 笑

ま、それは置いといて 笑
他に、その対極に近いタイプのミュージシャンも存在する
ジャズ〜フュージョン寄りの方に多いんだけど
「テクニック追求型」ミュージシャンだね

そんな人たちは、
もちろん楽器を含めて音質にこだわっていない、という意味ではないよ
優先順位が演奏なので
ソロが大好きだったりする人たちと言えばいいかな
セッションによく来るタイプでもある

なんならばこうも言え得るんじゃないかな
音質よりも音程にこだわるミュージシャン

もちろん「音楽」である以上、
音程は必須な要素なわけだから
そういうベクトルな人がいるのも当たり前の話だね


俺はどんなタイプなんだろう?
と上記の方々と比べて見ると

*楽器や周辺機器にこだわるタイプではない
*それでもまぁまぁ機材はもってるけど、そもそも自分で会場に持ち込んで、、、
というのを面倒に思ってしまうタイプ
*そもそも曲を作るのが好き

結果どうなるか?というと
*そこにある楽器を使いこなすことで俺らしさを出そうというタイプ
*音質を作り込むことで抜ける音にしようというのではなく、
全体のバランスを見て、結果抜ける音になればいいでしょ?ってタイプ
*練習熱心ではない

、、、と羅列しましたが
一言でまとめるならば俺は
作曲家型ミュージシャン
なんだろうかね?

どんなフリーセッションでも
ソロをやっていても
「そこにメロディアスな要素を入れて、
即興で曲を作っちゃった!」
的なことを追求しちゃうからね

楽器は、なんでもいい
たまたま弾けるのがピアノなだけであって
キーボードがふさがってたら
マイクでなんかやっちゃったりするしね

ま、大きく言わせてもらうなら
全体を見渡しながら居場所を考えるのが好きなので
プロデューサー型ミュージシャン
かもね

*****

そんな、
自称「プロデューサー型ミュージシャン」な俺が
珍しくピアノの練習をしている2019年です
それも今年
ソロピアノアルバムを出すことを決めてるからです

な訳で、
練習不熱心な俺を
プロデューサー目線な俺が、
自らに鞭を打つべく企画しているのが
ソロピアノライブ
弾くしかなくなってしまうところに
自らをもっていく

そんなソロピアノライブを2月は3本やります!!!
この長文に付き合ってくれたあなたは
是非SWING-Oを分析してください!!!

2月1日(金)@東京は祐天寺 FJ'sにて
"free soul piano vol.10"
19:00 open 20:00 start
charge free & 投げ銭
http://fjslive.com/

2月22日(金)@兵庫県は加古川にて
at 東加古川 Cafe Bar Axel
19:30 open / 20:00 start
charge 予約 2,500 yen / 当日 3,000yen
Guest DJ : RIGO

2月23日(土)@兵庫県は芦屋にて
at Left Alone
http://www.left-alone.jp/
18:30 open / 19:30 start
charge 予約3,000yen / 当日 3,500yen
Guest : 近藤房之助


by jazzmaffia | 2019-01-31 15:22 | ひとりごと | Comments(0)

2019年最初のひとりごと〜今年で50歳になります

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2019年
明けましておめでとうございます

大晦日もライブ仕事で
年越しは打ち上げへの移動の電車で迎えて
、、、などバタバタしつつも
今年も元旦の午後になっちゃいましたが
初詣に行ってきました
そしておみくじを引きました

よし!
今年も結果は
「吉」

そう、
俺は大吉は嫌いなんです
なぜなら
「今がピークだ」って言われてるような気がするから

吉くらいがちょうどいい
まだ伸び代があるように思えるからね
思えば俺はずーーーっと大吉と縁がない人生を
今の所送ってきてる気がします
(あくまでおみくじの話ね)

そんな一年にいい結果を残せたら
「さらにまだ上があるってことよね?」
と言う気持ちになれるんです
だから
吉、小吉、中吉、末吉くらいがちょーどいい

さて、
2019年が始まったわけですが、
一年前にすでに記しているように
そう、
2019年は
SWING-Oが
50歳になる年なんです

同世代〜先輩方のみなさんも同じように思っておられることでしょうけど
50歳=半世紀
そんなに生きてきたのかぁ、、、
昔だったら平均寿命じゃないか!!
なんてことを俺も思いますねぇ
いろいろとやってこれたような気もするけど
全く何もできてきてない気もするし、、、

でも、なんか吹っ切れてきてる自分がいるのも確かです
変に冷静に可能性の有無を分析するのではなく
やって見たいことは、
無理してでもやってみよう!
と思うようになったこと

そんなわけで
すでに一年前に予告してましたが
正式に
2019.6.25
45fes
と銘打って
SWING-O
50th birthday event
を開催します

昨年の記事はこちら


すでに昨年の49歳の誕生日にもつぶやいてます


すでに決まっている出演アーティストは
FLYING KIDS
Mummy-D
韻シスト
さかいゆう
and more...

でございます
まだ発表できませんが
女性アーティストも当然ながら数組
あと2018年ツアーサポートしてたアーティストも
参戦が実は決まってます!!!

諸々2月を目処に正式発表
&予約開始していきますので
お待ちくださいませv

******

告知で始まる2019年
せっかく50歳になるんだからね
ちょっとくらい無理してでも
でっかいことをやってみたいよね

すでに
あまり成功を想像できてないスタッフもいるし
大成功を想像してワクワクしてくれてるスタッフもいるし
いろんな狭間の微調整が必要になってきてます

そんなこんなを乗り越えて
素晴らしき音楽エンタメを
SWING-O主催でお届けする
6.25を目指しつつ
自分のソロピアノ作品も出しつつ
、、、何せ
たくさんたくさん
音楽発信する2019年
にしていこうと思います
みなさん是非応援の方をよろしくお願いしますねv




by jazzmaffia | 2019-01-01 21:08 | ひとりごと | Comments(0)

アイルランドとスコットランドではウイスキーはストレートで飲むべし

アイルランドとスコットランドでは
酒場でウイスキーを飲むときはなるべく氷を注文されない方がよかろう
そうすればとりあえず
「文明人のかたわれ」として遇される可能性は高い

・・・村上春樹「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」より

なんて言葉を見ちゃったもんだから
深夜に一人でPCの前でちびちびと
ウィスキーをストレートで飲みたくなって
今飲み始めたところ
それもスコッチでもアイリッシュでもなく、
俺の地元で作られているウィスキー、
その名も「明石」というやつを

そして、人目にさらされるこの場所で
ひとりごとをしたくなった、そんな真夜中は2時過ぎ

しかしよく働いてくれる俺の指・手だな
ありがとうよ!

なんて思う1日だったな
昼間はこれからツアーが始まるDEEPというコーラスグループのリハを
仕切りながらの数十曲
そして夜はFLYING KIDSの来週の二本のライブのためのリハで十数曲
もうFLYING KIDSのリハの頃は意識が飛びそうな感じで
いっそ目を閉じながらほとんどの曲を演奏した
たまに目を開けると
うん、俺の手と指はほぼ間違えずにちゃんと弾いてくれている
これだけ日々演奏させてもらっていると
曲もやり慣れて来ていると
もう脳みそを、意識を通過しなくても彼らはちゃんと働いてくれるようになる

スポーツ選手などと一緒だと思う
彼らは逐一脳みそで考えてバットを振ったりシュートを蹴ったりはしていない
脳科学的にも、
脳みそを通過していたら、150kmの球を狙った方向に打つなんてことはできないそうだ
だから
考えなくても動いてくれる体になるように
日々練習練習ってこと
身体に一定のルーティンができて
ほんの少しだけの意識を添えることで
150kmの球を狙った方向に打つような超人的なことができる

「明石」美味しいね
でも、書こうとしたことがいろいろと俺の脳に霞がかかるようにわからなくなってきた

実際、1日で一体いくつのことを考えているんだろう?
近場に迫ったライブにまつわることを考えつつ
年明けが結構暇なので、そこをどうクリエイティブに過ごすか?を考えつつ
来年に開催する俺の誕生日イベントにまつわることを考えつつ
次はどの本を読もうか?を考えつつ、
知らぬ間に閉店していた渋谷のブックオフのことを考えてみたりしつつ
今日は田園都市線と東横線が夜事故で止まっていたりして大変そうだったなぁ、、、と思って見つつ
浜崎貴司さんが先日のPaul McCartneyライブを見に行ってめっちゃ感動したという話を思い出しつつ
先日亡くなられた方々のことを思って見たりする
佐山雅弘さんは、先日息子のコータとサシ飲みしたばかりだったから驚きだし
三宅伸治さんがすごく残念がっていたTony Joe White、彼の音源を聞いてみなきゃなと思って見たり
俺のピアノの原点の一つでもあるFrancis Laiの死は、まぁ年齢的には大往生なんだけど
やはり残念ではあるのでこれまた聞き直したりピアノで弾いてみようかなと思って見たり
、、、で
今聞いてるのはこないだに続き具島直子だったりする

あぁ、いい声だなぁ
キュンとくるよ

そしてウィスキーが効いてきたよ
誰とも話さずに一人で飲んでいると
すぐ眠くなる

いい寝酒になるな、この一杯

アイラ島のウィスキー作り職人のように
ロマンチックな夢が見れるといいな

「僕が今こうして作っているウィスキーが世の中に出て行く時、あるいは僕はこの世にもういないかもしれない。しかしそれは僕が造ったものなんだ。そういうのって素敵なことだと思わないかい?」 


by jazzmaffia | 2018-11-16 02:44 | ひとりごと | Comments(0)

悩める10代のアーティスト志望の子へ捧ぐ

今でもね

自分がいいと思って提出したものを
「いやもう少しこうしてくれる?」
と言われると「うっ、、、」てなるけど、
今の俺はその先をちゃんと頑張るよ
そうやって他人の意見を混ぜても
俺らしいものになるように頑張るよ

その先に
自分だけじゃ出来なかった面白いものが出来あがることを
今の俺は知っているから


いや若い時から

くらいつくように頑張ってはいた
他人の意見をちゃんと理解する&具現化する力が昔は弱かっただけ


そうね、
食らいつけるかどうか
だね
新しい自分が出来るかどうかの差って


他人の意見を取り入れることを
「妥協」と解釈する人がいるけれど
それは違うよ


いろんな意見を取り入れて

影響を受けて
なんなら全力でそこにぶつかって
気づけば元々の自分にはなかったものが自分の中にある
自分だけじゃ出来なかったことが出来るようになっている


成長ってそういうことだと俺は思う

自分一人じゃダメだと気づくことが
大きな成長の第一歩だよ


by jazzmaffia | 2018-10-22 23:08 | ひとりごと | Comments(0)

「割に合う?」「割に合わない?」

金銭的に「割に合う」「割に合わない」
ってことはいつからか、あまり考えないようになった
もちろん生きていく上では金銭は必要だけど
回ってさえいけばいいと思っている
貯金はもともと好きじゃないし得意じゃないし、
金儲けをあまり考えなくなった
(そりゃ若い時は考えたよw)

むしろ「面白い音楽」「面白い作品」
と関われるかどうか、
作れそうかどうか、
を軸に生きている、生きていけてると思う

だから、
「それはSWING-O、自分を安売りしてるぞ、なめられてるぞ」
と先輩なり仲間なりに言われかねない条件でも受けちゃったりする
俺的に「面白い音楽」でさえあれば、戦ったり断ったりする方が勿体無いと思うからね

ところで
そんな俺が「面白い」と思うものってなんだろう?
と考えてみると、あえて言語化するならば
「数千人〜数万人以上が必要としてるはずの、
今の世の中に足りてない、深み・奥行きのある音楽」

「俺の好きなことだけやりたい」という意味ではない
そもそもそんなことは全く思っていない
それは俺自身の可能性を自ら限定することになる、と俺は思ってるからね

昨今は
「自分のことは自分が一番よくわかってる」
という体で話が展開されることが多いけど
(転職サイトが悪しき例だね)
俺は、それは違うと思ってる
それこそ相手を守っているようで、
その実、その相手の可能性を狭める哲学だと思うんだよね

「よくわからないけど、面白そう」
というものに乗っかれるかどうか?
がその人の可能性を広げる行為だと
俺自身がまず体感している

話を戻すと
「割に合う」「割に合わない」というのは
金銭ベースの物事の考え方
唯金論だよね

それでうまくいく人はピラミッドの頂点にうまくなれた人だけ
それはそれでおめでとう!な話だけど
俺はそっちには向いていないのに20代で気づけたから
金銭ベースじゃなくて、
「面白そう」ベース
で生きていくようになった

でも世の中面白いもんで
そうやって生きていけるようになると
意外と金銭なんて後からついてきてくれる
それもちょうど今の自分に見合った分だけ

おかげさまで、
49歳な今が一番楽しいし充実してる
関わってくれる人たち、
仕事をくれる人たち
そして何よりお客さん&リスナーたち
ありがとう!!


*****


そう、
今月、いろんな中学校高校で講義をすることになったんだけど
そういう場所で
こうしたことをうまく伝えられないかな?と思ってね

今時の中高生が
どれほど「効率」「金銭」ベースの感覚に毒されているのか?
の調査にもなるし、
こうした角度の考え方もあるよ!というのを
そんなパスを出しておくと
100人中1,2人くらいには伝わるんじゃないかな?と

そう思っての
独り言メモでした

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by jazzmaffia | 2018-07-07 02:59 | ひとりごと | Comments(0)