SANABAGUN. のライブが素晴らしかった件

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彼らは今年、来るよ!
そう宣言しとこう

SANABAGUN.
サナバガン
というHipHopバンドのことだ

彼らとは2年半ほど前の2015年夏、
ビクターからメジャーデビューするあたりからのつながりだ
エンジニアの福田くんの紹介がきっかけで
俺主催のイベント、My Favorite Soulに出てもらって
それがまたなかなかよくて
そこからなんだかんだとバンドメンバーとも会うこともあり
ラッパのリベラルこと岩間俊樹などとは
ライブから飲みまでちょくちょくする関係にもなっていた
そんな距離感な
ゆとり世代の後輩たち

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(昨年2017年正月に俺とMummy-Dと岩間俊樹で飲んでる図)

個人的に彼らのことを気に入った理由は
歌詞はBな感じで尖ってるのに
MC二人のキャラが下世話なこと
そしてバンド編成も管楽器二人をレギュラーメンバーとする大所帯と言うこと
更にはもう一人のMC高岩遼がブルースピアノも弾けるし歌う側面もあることに驚いた
HipHopのMCがブルースも弾けるし歌える
なんてのは世界的にも特殊なんじゃないかな?

ただ、そんな面白いバンドだけど
雑でユルい部分は否めず
そうこうしてるうちに
バンドメンバーが少し被るSuchmosが2016年に大ブレイクする
そして同傾向なNalbarichもブレイクして
新世代シティポップムーヴメントとでも言うべき状況になると
どうしても
同世代のバンドでもある彼らは
HipHopバンドなのにも関わらず比較され
「伸び悩んでいる」
と言ったイメージで見られてしまうことになる
実際本人たちも比較されることに困惑しつつも
そういったことを言っていたりもした

ところが2017年に入ってからは
少しずつ集客を増やしつつ
遂にはLiquid RoomもSold Outにするくらいになったと聞き、
さしたる大きなタイアップ曲なりヒット曲がこの間に生まれた訳でもないのに
何故だろう?と思って今回見に行った訳だ
(前置き長くてスンマセン)

*****

そして3月10日土曜日夜20時30分
900人と言うぎゅーぎゅーな恵比寿Liquid Room
前座に迎えたYour Song Is Goodのライブが終了し
(そこにはギリギリ間に合わなかったんだけど)
25分ほどの転換を経て
今か今か!と言う空気感の中、始まりのSEが流れると
SANABAGUN.のプラカードを持った水着の姉ちゃんが登場
(姉ちゃん、がふさわしい雰囲気の人でした 笑)
続いて英語で前説をするリーゼントの男が登場して
遂にライブが始まる

そこからは怒涛のつなぎで
練りに練られたアレンジと演出で
正直嬉しくありつつも、
悔しく思うぐらいやられました

MCを一切挟まないのに
バンドメンバー各自の個性を感じられる素晴らしい展開
間の使い方も、遊びも、バンドメンバーのフィーチャーの仕方も
音質もディレイの飛ばし方も照明も
どれも練りに練られてて
結果お客さんもどんどん巻き込み
いや何ならお客さんの方が積極的に手を挙げ声を出している印象
同世代な人たちのカリスマ、ではなく
同世代な人たちの代弁者になっている印象

逆に、
順調なバンドや、俺を含む先輩バンドなどが
忘れていることが沢山あると言うことを
気づかせてくれるライブでした

どうしてもね
ある程度のシンガー〜ミュージシャンになると
(俺もそういう側面が否めないけれど)
楽曲や音楽性やアンサンブルだけで圧倒しようとしたり
キャラやMCでどうにかしようとしたり
しがちなんだよね

まぁ、過去にヒット曲のある人や
タレント性のある人はそれでいいんだろうけど
&それでぐいぐい伸びてる人はいいんだろうけど
そうじゃない人がエンターテイメントをする際に気をつけるべきこと
と言うのはもっと演出的な着想・発想なんだよね

彼ら、サナバガンは先にも述べた
「伸び悩み感」というのを本人たちが一番感じていたからこそ
真剣にいろいろ試して試してきたんだろうな
、、、と想像せずにはいられなかった

「タイアップ曲」「ヒット曲」などから広がる集客
ではなく
ライブの面白さで広がってきた集客

これは強いです!
今日見たほとんどの人が
「また見たい」と思うだろう
そんなエネルギーとスリリングさに満ちてました

そして今日発表と同時に本編最後にやった、
4.25に発売されるニューアルバムからの新曲
これがまたよかった
まぁディスコ系の流行りの雰囲気の曲ではあるけれど
他の既に売れてるバンドの曲よりも好きな感じの曲だったな
(つまり俺はレコードで欲しい!と思っちゃうってことね 笑)

で、今回は敢えて少なくしたようだけど
素のMCもゆるくて面白かったしね
あ、少ないからよかったのかもだけどね

ちなみに今宵はちょとしたハプニングがあって
客に「しっかりやれよ!」と突っ込まれたことに対し、
高岩遼がマジギレしてましたね
(後で本人に聞いたら、「6割本気でした」と 苦笑)
でもそれがね、格好良く見えちゃう感じもあったな
何つうか、現代の泉谷しげる? 笑

、、、、
そんなこんなのを書き連ねていくと
彼ら、サナバガン
なんかそろそろ来そうじゃない?

先に売れたシティポップ系は
最初に売れた曲を超える曲が出てこないことで
むしろ今伸び悩んでいるような印象が、俺にはある

そんな中
ライブ力と、今こそ!な新作を携えて
春から早速ツアーをやる彼らは
間違いなく一段上のステージに上がる2018年になることでしょう

個人的にメジャー移籍後の作品の音質が微妙な気がしてたんだけど
先行曲PVなどを見てたらそこも解消できてそうな予感
ライブで気に入った曲が、音源でもいい音で聴けるなら、、、売れるしかないでしょ?!

ぜひみなさんもチェックしてみてください

SANABAGUN. HP
http://sanabagun.jp/



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# by jazzmaffia | 2018-03-11 02:18 | Live Report | Comments(0)

モンクの謎に浸る日々

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そう言えばなぜ俺はThelonious Monkに日に日に浸るようになったんだろう?
自らの記録に残している最初のものは
2006年のSWING-Oとして唯一リリースしたソロアルバム
"ASOBI~sex soul TOKYO"
というアルバムに
シンガーのbirdをフィーチャーした曲を入れたんだけど
そのタイトルが「モンクなし」という曲だった

これは俺が歌詞ごとトラックごと書き下ろした曲だったんだけど
だ洒落のようなタイトルだけど
「モンクなしで歩き出そう」とサビで歌う曲で
「つべこべ言わず(文句言わずに)とりあえず前に進もうよ!わたし!」
という意味と
「セロニアスモンクはもういないけれど、前に進もうよ」
なんて意味をかけて作った曲

そして曲調も、
モンクの名曲の一つ、
Misterioso(ミステリオーゾ)を真似た、
ピアノのアルペジオを中心にした
でも揺れたNeo Soul的トラックと融合させた
俺的には「古きものにリスペクトを示しつつ」「少し進んでみた」
そんな楽曲

そんな作品を残したことから察するに
俺が最初にモンクの面白さをキャッチできたのは
Misteriosoなんだろうなと
多分音源としては1958年のRiversideからリリースされた
Five Spotのライブ音源だったと思う

https://youtu.be/FXDUwQQXaMY?t=36m21s

これをどのように俺が料理したかは
廃盤ではないのにweb上に音源が存在していないので
興味ある方はCDを入手してもらうしかない
http://amzn.to/2GYVhZg
←今確認すると、タイトルのせいでアダルト商品扱いに変わってた、、、

http://tower.jp/item/2115994/遊女ASOBI~SEX SOUL TOKYO
←こちらだと大丈夫です&軽く試聴できます

***

もう一つ思い出すことがある

さらに遡ること十数年、
90年代前半の
テレビ東京通称テレ東で
素晴らしい音楽番組「モグラネグラ」というのがあって
そのホストが
UFOの松浦さんと
オリジナルラブの田島さんだったんだけど
その中でセロニアスモンクのメガネの話をしていたのだ

紹介されていたのは
"Monk's Music" 1957年 Riverside
のレコードジャケットで
この変てこなジャケットでモンクがしている、
竹のフレームのメガネのことを田島さんが
「このメガネを探してるんだ」と言っていた
その視点の面白さが強烈に印象に残った

レコードジャケットをファッションの参考にするんだ!

そしてこの、
崇高でかつ難解に聴こえる音楽のジャケなのに
風変わりだけどお洒落で
かつふざけてもいるようなジャケットも印象に残った
でもまだ当時はよく理解できなかった

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そして3,4年ほど前から
理由はよく覚えていないが
モンクのソロピアノの名作&代表作とされる
"Thelonious Himself" 1957 Riverside
を携帯に入れて、
一人で寝る時のBGMにすることにした

名作と言われても、
最初はやはり難解でよくわからない
なんならばどれも似たような感じに聴こえる
、、、というのはモンク初心者と一緒だろう

でも俺には過去にPrinceからHipHopからBluesから
いろんな「どれも同じように聴こえる」とこからスタートして
あるとき「その面白さが聴こえてきた」
という経験をしているから
その「難解」なものをなんども聴くことは苦じゃなかった

そして3,4年が経ち
昨年2017年からついに人前でモンクを弾き始めた
まずは手始めに"Ask Me Now"から


https://youtu.be/8JZ7Ws2ArXo?t=1s

この、こねくり回してる感じは
今でこそ楽典やバークリーメソッド的には解説できるのかもしれないけど
そっち側から解釈したくなかった
何度も何度も聴いているうちに
俺の耳と手がキャッチした部分からまずは弾き始めて
とにかく体に叩き込む
叩き込んだ上でやっと発生する20%ほどの自由

そう、モンク(直訳からジャズの高僧と呼ばれる)の音楽は
いわゆるジャズスタンダードとは全く違うのだ
まずテーマをやって、崩せばいいという音楽じゃない
ハーモニーやメロディの動きそのものが曲なのだ
その感じが俺の肉体的に分かってくると、すごく心地いい
(ちなみに6.25.2018にまたソロピアノライブをしますよ)

まだ俺の体の中では、モンク部屋が見つかった程度なんだけど
そんな俺のモンク感が出来ると
「あ、この解釈は違うな」「モンクならこの解釈は残念がるだろう」
というのが見えてくる
その俺の解釈が正解かどうか、がここでは大事ではない
そんな「音楽感」が出来てくるから面白いということ
(そういう意味では昨年出た某日本人女性ピアニストのモンクトリビュート作は
俺からすると、「違う」)

***

そんなこんなで
ついにモンクにしっぽりとはまってしまった2017年だったんだが
本当に俺からすると偶然で
まさか昨年2017年が
「モンク生誕100年」の年だと知ったときはビックリした

生誕100年を記念した特集本もいろいろと出ていたし
分厚い新書でオフィシャルな伝記本も出ていた
それはまだ手を出していないが

そして音源もいろいろと発掘&発表されていたのも知った
最初に出ている写真(日本人が撮影したモノクロの写真)の
"The London Collection"などは今年2018年に入ってからリリースされたもの
これは俺がすでに持っていた赤と青のジャケットの"The Man I Love"などと
内容がかぶるもので、
モンクの人生最後のスタジオレコーディング作品
1971年ロンドンでレコーディングされたコンプリート音源集もあったし、

発掘系だと、
2005年に出ていた(俺は昨年知ったんだけど)
コルトレーンとのカルテットで
カーネギーホールのライブ音源、というのもよかった
どちらかといえば劣悪なピアノを弾いている音源が多い中、
(南博さん曰く)
コンディションのいいピアノを弾いている珍しい例だとも言われる音源だった

でもピアニストの俺からすると
コンディションのせいというよりは
そもそものピアノのチョイスと
何よりモンクのバカでかくて骨太な手のせいではないかと思ってるが
そこらへんはまた調べたりしてみよう

***

モンクという魅力的な「謎」を持つピアニスト
その彼を「天才」と一言で片付けるのは怠惰だ
彼は社会的には実に偏屈で、でも彼自身はまっすぐだった
彼の人となりを把握するのも、彼のピアノを知るのに必要な要素

そんな彼を知るにうってつけの本が
「セロニアスモンクのいた風景」村上春樹 編・訳 2014年

村上春樹自身の書き下ろしも面白いけど
この本が素晴らしいのは
いろんな伝記本から雑誌記事から
モンクについて記された部分のスクラップブックの形をとっていること

名言から奇行からいろんな伝説があるモンクを
モンクと接触してきたり、モンクに気に入られたりしてきた人たちの
彼らの目線から語られるモンク像
時に時系列なり事実がずれてる場合もあるけど
それは大事なことではない
(翻訳者 村上春樹自身がそれを把握しつつ放置している)
いろんな目線から語られることで浮き上がってくるモンク像を知ると
彼は決して「天才」ではなかったことを知ることができる
少し変わった人だった、という距離感に彼を感じることができるようになる
そこがいい

この本の中で、ジョージウィーンというプロデューサーが懐古する言葉があった
「私の中ではモンクと(デューク)エリントンは、ジャズの純粋な伝統の中から出てきたという意味で似たようなものを感じている。ただ惜しむらくは、もしモンクがエリントンのように、創作の幅をどんどん広げて、自分の才能をもっと上のレベルまで持っていくようなことが出来ていたらどうなっていただろう?と夢想せずにはいられない」

確かに1950年代まではモンクも積極的だったが
60年代からどんどん固定のバンドでの演奏と
既発の楽曲の再演ツアー
という固まった活動に収束していく

そして1971年のレコーディングを最後にレコーディングから遠ざかり
単発こそ1976年に出演歴はあるが
1972年のツアーを最後にツアーも終え、
1982年の死去までほぼ引きこもりの日々を過ごすことになる
まさに人生も「収束」していく

その間に発した言葉は"No"だけだったという話は有名だが
この本の中では
「いいや、思わないね」
「いいや、弾く気はないね」
「いいや、そうしたくない」
と私にはセンテンスで答えてくれてラッキーだった
というプロデューサーの言葉も出てくる

でも、今でこそモンクを知る皆が思うだろう
その「収束」具合を含めて
「謎」の人生をそいとげたという意味において
現在のこの「モンクの謎」「モンクの魅力」が誕生しているんだと

なぜならエリントンは素晴らしいんだけど
教科書に載っているようなタイプの才人として残っているのであって
カリスマとしてではない

***

先日の話「音楽を愛しているか、愛されているか」
にかぶせるならば
彼もまた相思相愛な関係だったとは思う
ただ、ほんの少しすれ違いが出てくると
いち早くそれを察知して
フェードアウトして逝ってしまった

その関係性が実に不器用なくらいバカ正直な関係性だった
その一本気なとこが魅力なんだろうな

「ビバップの高僧」「ジャズの高僧」とはよく言ったものだ
というかMonkという名前がそのまま体を表している
そこがいい

いろんな謎がありながらキャッチー
そのバランスが今世紀のここ数年、より魅力的に見えてきた理由なんだろう

だから日本でもWonkと名乗るバンドが若手で出てきたりするんだろう
彼らはアルバムタイトル"Sphere"から彼ら自身のレーベル名"Epistroph"から
逐一モンクにまつわるものを引用しているしね

うん、いろいろと語りだしたら切りがなくなってしまった

これからもゆっくりとじわじわと
モンクの魂に触れていこうと思う
俺にとってのモンクはまだまだこれからだ

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# by jazzmaffia | 2018-03-03 21:11 | ひとりごと | Comments(0)

音楽を愛してるか 音楽に愛されているか

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「俺、音楽やめたいんだ」
突然先輩が言い出した
「お前だから言ってるんだぞ」との但し書き付で

「数十年音楽をやってきたし
食わしてもらってきたし
いい思いもさせてもらったし
大好きだったんだけど
今は音楽をやるのも聴くのも楽しくない

そもそも振り返ってみるとさ
若い頃悪いことをいろいろしてたせいで
仕事をくれたのが音楽だけだったんだよな
俺にとっての土方みたいなもんだ
それを数十年も続けてきた訳だし
もういいんじゃないかな、てのが本音なんだ」

俺は言葉につまる
その日見たライブは
若手中堅を多数ゲストに迎えていたが
誰よりも輝いていて、素晴らしい歌を披露していたのが
その先輩だったからだ

誰よりも素晴らしい音楽家は
誰よりも音楽を愛している音楽家だ
、、、と俺は思っている

だが、この先輩はどういうことか
ある時から逆転してしまったんだろうか?と

本人がどれだけ「以前ほどの楽しさ、高揚感がない」と言ったとしても
以前から見ている俺からしたら
その日の歌は俺が付き合わせてもらってから
もっともいい感じの歌の一つだったというのに、、、

そこには少なくとも音楽に愛されている先輩がいた

そっか、
ある時から愛されることに疲れてきてしまったのかも知れない
実際、プライベートでも
いろんなキャリアがありつつ
今現在のパートナーとは実に仲睦まじいんだけど
先輩曰く
「初めて、俺から惚れて付き合ってるんだ、彼女は」と

愛されるよりも
愛する方を選ぶ

もちろんその加減は人それぞれだと思うけれど
人と人ならいざ知らず
音楽に「愛される」のはそうそうあるもんじゃない

その日の若手中堅を見てても
音楽を「愛している」のは痛いほど伝わってくるけれど
それ以上のものはなかった

もう少し正確に言うならば
ある種の「型にはまった愛し方」しかしていないように
俺には見えた

「音楽ってこうでしょ?」て言葉が
歌詞とは別に聞こえてきそうな歌ではあった

***

例えばPaul McCartneyは
80年代前半までは音楽に愛されていた側であり
かつ彼自身が音楽を愛してやまない
そんな相思相愛な関係を保てていたように俺には見えるし聴こえるんだけど
それ以降の彼は
その強靭な関係が破綻していく

平たく言うと、名曲を産むのはもう終わりなんだな
ヒット曲を産むのはもう終わりなんだな
と言う感じ
それまでの驚異的なスピードの余力で走ってはいるけど
もうアクセルは失ってしまった感じ

とは言え、60年代半ばから80年代半ばまで20年近くも
その密な関係が続いたのは、驚異的としか言いようがないんだけどね

そういう意味ではPharelle Williams~The Neptunesも
90-00年代前半までは良かったけれど
独特のセンスでアクセルを踏みまくってシーンを作ってきた印象があったけど
最近はもうすでにその「アクセルを失った」感じ
「音楽ってこうだろ?」感を感じる
だからNeptunesが大半のプロデュースをしてる、
Justin Timberlake新譜"Man Of The Woods"はあまり好きじゃない
正確には
好きじゃないなと思ってクレジットを調べて見て
「だからか!」と腑に落ちたって感じだけどね

***

話を戻そう
音楽を愛して愛して愛して愛してきた人で
今も愛して愛して愛してやまない人だけが
やっと時折音楽に「愛される」瞬間をキャッチできる
そういうもんだと俺は思っている

でもそれだけではないんだなと先輩を見て気づいた
音楽からの「愛され方」を知ってしまって
本人の気分的には惰性でやっているにも関わらず
まさかの音楽の方から「愛して」くると言うこともあるんだと
そして先輩はそれから逃げようとしている
まるで「音楽」と言う名のストーカーに対峙してるかのように

***

そして俺は先輩にこう言わせてもらった

「先輩がどう思っても、やめたいと思っても、自分は先輩の音楽が大好きなんです
そして先輩の奏でる音楽に感動する人間が多数いることも知ってるんです
自分は先輩自身を幸せには出来ないかもしれませんが
先輩の音楽をこの世界に響かせて人々が幸せになってもらうために
先輩をこれからも呼ぼうと思います」

そう、
本人が「いけた!」って時に最高なものが出来るとは限らないのが音楽なのだ
(絶好調だからといってオリンピック金メダルが取れるとは限らないように)
自分だけではどうにもならないのが音楽なのだ
それが、音楽にはプロデューサーが必要な理由なんだろうな

たった今、本人が満足していなくても
後から本人が気づくことだってある
間違いなくある

その人の名作、名演は他人が絡んで初めて出来るもの
その協力&後押しをするのがプロデューサーなんだと俺は思ってる
(今のご時世は本人が納得しないだけで話がストップしちゃうのがオチだろうけどね)

でもその先輩は数多のキャリアと知識があるからだろう
辞めたいモードなんだけど、若干の期待をまだ一部の音楽家に託そうとしているようだ

その証拠に
先輩からの返事はこうだった
「わかった、お前の誘いには乗るよ」



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# by jazzmaffia | 2018-02-25 21:25 | ひとりごと | Comments(0)